「薄い氷を割らないように 下を向いて歩く僕は 簡単に虹を見落とした 迷わずにすむ道もあった どこにでも行ける自由を 失う方がもっと怖かった」
【虹】
何にでもなれる気がしていた頃より、すこし年を重ねてからの方が、ストンと胸に落ちた歌詞だった。エルレの曲の中で1番、自分の聴き方が変わった曲は【虹】だろうなと思う。
【虹】の、もう少し後には、こう歌われている。
「立ち止まって見上げた空に 今年初の星が流れる なんとなくこれでいいと思った」
「なんとなく」。
それなりに迷って歩く道を決めてきた。選ばなかったことを後悔したこともあるし、もう選べないこともある。年を重ねれば大体の人はそうだろう。何が正解かなんて、いつになったって分かりはしないけど、そんな風に自分のことを肯定していいんだと思えた。
大人になって良かったことは、「どこに行って何をしてもいい」と思えたことだと、私は思っている。
電車もバスもまともに走っていない。映画館だって美術館だってライブハウスだって無い。高校から先の学校はないから、みんな18になったら家を出る。
別に嫌いじゃないけど、そういう場所に生まれた。
ちなみに最寄りの、ライブができる場所までは車で片道2~3時間かかった。ライブなんてものは、都会に住んでる人かお金のある大人だけが行けるものだと思っていた。
大人になってから、どんな場所へでも、行きたいという気持ち1つあれば行けるようになった。したいことがあれば動けば良かった。お金だって自分で何とかできる。
それを実感した時に、「どこにでも行ける自由を 失う方がもっと怖かった」という歌詞が胸に落ちた。解放されることをどこかで望んでいた自分にも気づいた。
間違いのない道よりも、自分の望む道を選べば良い。
エルレの歌詞は、大人になっていく過程での方が共感できるものが多い気がした。聴き始めた頃の、高校生の私にはちょっと難しかったのかもしれない。年を経て聴き方が変わっていくのも悪くない。
ずっとエルレのことを書こうと思っていた。感情の納めどころが分からなくて仕上げられなかった。
今ひとたび綴り直そうと思ったのは、1枚のTシャツがきっかけだった。
押し入れの中の左下に置いた衣装ケースの、真ん中の段。
そこにライブTシャツの類いを入れている。大量のTシャツたちはどれも何かの楽しかった思い出の集積だったけれど、その中に1枚だけ、封を開けてから1度も袖を通さずにいたTシャツがあった。
左胸に「ELLEGARDEN」の文字がある。バックプリントは宝箱のTシャツだ。
THE BOYS ARE BACK IN TOWN。
ELLEGARDENが10年ぶりの復活を果たしたツアー。
の、事後の通販で買ったものだ。
会場には行けなかった。チケットが取れなかった。自分で申し込んだ分は全て外れた。藁にもすがる思いで、余剰のチケットを血眼になって探していた。誰かの「行けなくなりました」に縋りついてでも欲しかったチケットは、とうとう私の元にはやって来なかった。
選ばれなかった、と思った。
選ばれた人が、会場に入れる人が憎らしくて妬ましくて仕方がなかった。紛れもない本心だ。いってらっしゃい楽しんできてねとはどうしても言えなかった。
悔しくて何度も泣いた。今までだって取れなかったチケットはあったのだ。行けないことがここまで苦しくなるライブは初めてだった。
チケットが無くても現地に行く、会場の外から聴く。そんな選択肢だってあったはずだけど、どうしてもそれはしたくなかった。
姿も見えず、音だけ聴いて復活を喜べるとは思えなかったからだ。初めて生で聴くエルレが音漏れなのは絶対に嫌だった。
私は活動休止前の彼らを知らない。私がエルレの曲を聴くようになったのは、彼らが活動を止めた次の年だったからだ。
それでも「いつか」を待ちわびて、あまりにも長く待ち続けて、「もうそんな『いつか』は来ないんじゃないか」という気さえしてきた、10年目の復活。
嬉しかった。でもその場に自分は居られない。「はじめまして」をするなら絶対に直接がいい。それが出来ないならもう少し待つ、と、意地を張った。
それでも、ずっと憧れていた「ELLEGARDEN」の文字が入ったTシャツやタオルは欲しくて買ってしまった。
ライブに行かなくてもグッズは買う。ライブじゃない日にそれを使ってもいい。
でもどうしても、エルレのそのTシャツだけは着れなかった。なんでもない日に着る訳にはいかない気がして、押し入れの中にひっそりとしまってあった。
2018年の復活から2年あまりが経過した。私は未だに、復活したELLEGARDENをこの目で目撃してはいなかった。
盟友とも言えるバンドたちとの対バン、各地のフェスへの出演。機会はあったはずだけど、タイミングが合わなかった。ライブと自分のタイミングなんて、こっちが合わせに行くものだろうし、行きたい気持ちはもちろんあったのに、どうしたって行けるライブが無かった。
今度こそ、と思ってチケットを取っていた今年の春のフェスは来年に延期になってしまった。
そして夏の終わりに、YouTubeでの生配信実施の知らせがあった。
10年間どこに行っても見れなかったエルレがネットで生配信をやる、2020年はすごい時代だ。活動再開を待ちわびていた頃に聞いたらひっくり返りそうな話だ。
思いがけず、そんな形で、私は今のELLEGARDENを初めて見ることになった。
そうだ、あのTシャツを着よう、とようやく思った。
なんでもない日には着られないけど、今日なら着てもいい気がする、と、押し入れの中から引っ張り出して初めて袖を通した。
初めて見た「今のエルレ」は、柔らかい灯りの中にいた。
無数のライトが浮かぶ空間で、4人は楽器を携えて椅子に座っていた。アコースティックの構えだった。
意外な光景にぽかんとしているうちに、鳴っている曲が【BBQ Riot Song】だと気付いた。どうやら野外にいるらしいと分かったのは、映像がメンバーに寄った時に虫が飛んでいるのが見えたからだ。
画面越しに4人の顔をまじまじと見た。当たり前だが年を取った。笑う顔には皺も見える。
彼らが4人でどんな風にELLEGARDENとして居るのかを初めて見た。
こうコーラスをするのか、こんな風に目を合わせるのか、こんなに昔話をしながらあっけらかんと笑うのか。
【虹】は「再開する前と後では歌詞の意味が変わっちゃう」と前置きされて演奏された。ああ、確かにそういう風にも聞けるのかと初めて思った。本人は後から何度か否定していたが、ドラムを叩く高橋さんの目は潤んでいるようにしか見えなかった。私たちが知る由もない、10年分の思いを垣間見た気がした。
活動休止中の話がポンと出ても、和やかな雰囲気だった。いつものアレンジならまた違う印象を受けたかもしれないが、これができるのが今のエルレなのだろう。
見たら泣いちゃうかなと思っていたのに、ひたすらに楽しかった。
ぐらっときたのは【Make A Wish】の時だけだった。
配信も終盤に近づいた頃、細美さんの口から、今いる場所は福島だと明かされていた。
ライブ会場まで2~3時間かかる場所に生を受けた私の、今現在の最寄りのライブハウスは東北ライブハウス大作戦の箱だ。ライブハウスができたことで、全国ツアーを回るようなバンドがたくさん来てくれる場所になった。
震災前にはあり得なかったことだ。失ったものがあまりにも多かった地が、新たに得たものの1つが音楽だ。
大作戦の特攻隊長を名乗り、細美さんはしばしば東北の地に、このライブハウスにやって来る。そして少しずつ前を向く「東北」に、ずっと寄り添ってきた。
そこで、いつも必ずと言って良いほど演奏するのが【Make A Wish】だった。
We know that for sure
Nothing lasts forever
But we have too many things gone too fast
(僕らが当たり前に知っていること
いつまでも続くものなんてない
だけどあまりにも多くのものが
早すぎる終わりを迎える)
Let’s make a wish
Easy one
That you are not the only one
And someone’s there next to you holding your hand
(願い事をしようぜ
簡単なやつを
君が一人きりじゃなくて
そばに誰かがいて手を握ってくれるように)
Make a wish
You’ll be fine
Nothing’s gonna let you down
Someone’s there next to you holding you now
(願い事をしようぜ
君が無事でいて
悲しませるものもなくて
そばに誰かがいて抱き締めてくれるように)
Someone’s there next to you holding you
Along the paths you walk
(君が歩く道すがら
そばに誰かがいて抱き締めてくれるように)
【Make A Wish】
祈りの歌だと思う。
誰かを思い、孤独じゃないように、寄り添ってくれる人がいるように、と願ってくれる歌。
震災の後に特別になってしまった1曲だという。演奏していいかとメンバーに尋ねると「何言ってるんだよ、やってやれよ」と言われたという。
エルレの復活後に初めて行った弾き語りで、「この曲を特別じゃなく歌えるようになった」と話していたのを覚えている。配信では「4人でずっとやれるバージョン」で演奏していた。いつものアレンジとはもちろん違う、何度も聴いた弾き語りとも違う。ELLEGARDENに演奏されるこの曲を初めて聴いた。
今は、災害とは少し違う不安が世の中を覆っている。自分の安全が脅かされるかもしれない不安は、人の心を蝕んでいる。悲しい話が多くなった。「新しい世界」は人との結び付きが希薄になっていくのかもしれない。
そんな今だからこそ余計に、【Make A Wish】は胸に響いた。震災から長い間、この曲が東北の地を支えてきたように、いま不安を抱える誰かを、この曲が支えてくれればいい。そして早く、安心して手を握り合い、抱き締め合える日々が来ればいい。じゃないと輪になって肩を組んで歌うこともできない。
配信が終わったあと、まるでアンコールかのように公開された新しい動画も、ZOZOマリンスタジアムでの【Make A Wish】だった。
夜空に響いていく歌、楽器の音、4人の姿。
肩を組み、手を握り合い、声を合わせて歌う大勢の人々、笑顔、泣き顔。
「Along the paths you walk」
の「you」の部分は「we」に変えられ、「僕らが歩く道すがら」と歌われていた。
なんというか、全てが良かった。ひたすら良かった。あの日手が届かなかった景色だけれど、そう思えた。
そしてやっぱり、この曲が、この音で鳴る景色を、自分の目で見たいと思ってしまった。この曲を鳴らす4人の顔を目に焼き付けたい。一緒に行く誰かはいなくて、もしかしたら一人かもしれないけれど、その場にいるであろうたくさんの仲間と気持ちを繋げて聴きたい。そんな日が来ることを願っている。
次はライブハウスか、フェスの会場で。彼らはそう言っていた。今の私なら、南の海でも、北の大地でも、どこにでも行けるから大丈夫だろう。
あの宝箱のTシャツは、それまではたぶん、また押し入れの中だ。
私はまだ、本当の意味での「はじめまして」を、エルレと交わしてはいないから、それを叶えに行く日まで。
この作品は、「音楽文」の2020年10月・月間賞で最優秀賞を受賞した岩手県・あおいさん(26歳)による作品です。
まだ夢のままだ - ELLEGARDENに会いたい
2020.10.13 18:00