一面ではとても鋭利な牙をもち、現状に異を唱え続ける反抗者であり、一面では内面に深く潜って言葉にできない感情を見つめ続ける内省的な詩人であり、また別の一面では3ピースのポストハードコアやエモ、オルタナをベースにしつつ、ヒップホップやトラップミュージックまでを貪欲に取り込む音楽の探究者であり……そのすべてが渾然一体となり、内側から爆発するように放射されるAge Factoryの音楽は、常にリスナーの心を刺激し、揺さぶってきた。
そしてフロントマンの清水英介(Vo・G)が30代に突入した今、彼らは新たなフェーズに突入している。自分たちで新たなレーベル「0A」を立ち上げてリリースされるニューアルバム『Sono nanika in my daze』には、長い時間とさまざまな経験を経て改めて問う「Age Factoryとは何か」というテーマが、これまでにない純度と正直さで刻まれている。清水に訊いた。
インタビュー=小川智宏 撮影=Kazma Kobayashi
──前作『Songs』はAge Factoryにとって画期的なアルバムとなりました。実際にこれまで以上に多くの人に届く結果にもなったし、ライブの規模も大きくなって、かなり手応えも感じたと思うんですけど、そこから今作に至るまで、どんなことを思いながらやってきましたか?俺たちは誰のために歌いたいんだろう、なんのために、何が見たくてやってたんだろうって思ったんです。次に自分が何を見つけたいのかをずっと模索してた日々でした
『Songs』を出した時は、すごくみんなのために作った感じがあったんです。それは僕らバンド3人もそうですけど、増えたバンドを取り巻く人たちのためにでもあって。対象とする人数がすごく多いテーマだったんですけど、そのアルバムを出してツアーをやる中で新しい景色みたいなものをすごく見れたんです。
──うん、Age Factoryがこんなことを表現するようになったんだというのは、こちらから見ていても新鮮でした。
でも、そうやってやってきた結果……次もまたみんなのために歌いたいとはシンプルに思わなくて。俺たちは誰のために歌いたいんだろう、なんのために、何が見たくてやってたんだろうって思ったんです。次に自分が何を見つけたいのかをずっと模索してた日々でした。
──その模索の果てに、何かを見つけた?
それはこのアルバムですごい表すことができたかなって。答えとかは別にずっと曖昧でいいし、今回のラスト曲の“Sono nanika in my daze”の《daze》っていう部分ですごいノイズがかかってるんですけど、それでいいんじゃないかなって思った。それが今の自分たちの答えかなと思って。
──リリースに際して英介さんが書いたコメントがあって、そこには「もう作らないでも良いのかも知れないと思っていた」という言葉があるんですけど、これはどういう意味?
『Songs』出して、結構俺、ホームシック状態になったっていうか。結構ずっといろんなとこ行っていろんな人と出会ったのが「疲れたな」と思ったんです。自分たちが目標としてたツアーもできて、すごくいいバイブスのフロアが目の前にあって、今以上に何が欲しいのかっていうのが思いつかなくて。だからもう別に作らなくてもいいのかなって思ってた瞬間があった。ただそこから、なんか取り憑かれたみたいに自分の中から出さないといけないもの、今自分たちが形にしないといけないものみたいなのがある気がしてきて。その思いのまま、ツアー中もホテルとかでこのアルバムの曲を書いていたんです。だから『Songs』のツアー中から、自分の中でのモードはもう変わってた。その葛藤もしんどかった部分があったけど、でもツアーはやりきるっていうのが自分の中であったから。そこから次のアルバムは芽生えてましたね。
──あれを読んで、確かに『Songs』でAge Factoryが完結したとしたら、それはめちゃくちゃ美しい物語だったかもなと思ったんですよね。
完結しようと思ったこともありましたね、何回か。もうこれ以上アルバムを出さずに、このまま永久保存でもいいんじゃないかとか、また出したくなった時に出す感じのスタンスでもいいのかなとか。でもそれでは飽き足らないというか、何か満たされない部分っていうのがあった。インタビューでなおてぃ(西口直人/B・Cho)が言っててすごい腑に落ちたのが、「みんなのためじゃなくて、自分のために作ったものが、誰かの自分のためになったらいいな」っていう。そのピュアさみたいな部分が、どこかしらに一貫してるのが今回のアルバムで、Age Factoryが今後も存在するために絶対に必要だった、そういう作品になったと思います。僕らが今後成功するためとか失敗しないためとかじゃなく、自分たちが自分たちであるために、今後状況がどう変わっても変わらないものが作りたかった。それが時空も時代も超えてどこかに届けば、俺たちが今ここでAge Factoryのために作ったものが、未来までずっと意味を持つかなって。そういうものを作りたかった。雑音とかちょっと余分なものとかの意味、それをなぜちゃんと表だって出すのかの理由。そういうところをちゃんと今回は見つめ直したというか。それが今回の原動力でした。
──アルバムの始まり方も『Songs』とは対照的ですもんね。前回は強くて踊れるビートから始まっていったけど、今回はノイズから始まるっていう。自分とは何者であるのか、人から見た自分ではなく、自分の思う自分はなんなんだろうっていうところに立ち返りたいと思った
そうですね。
──『Sono nanika in my daze』っていうアルバムタイトルも、結局その「何か」がなんなのかを言わないっていうところに意味があるんだと思うし。
このタイトルはいろんな意味を俺の中で含んでて。ローマ字の「Sono nanika」って海外の人が読んでも「Sono nanika」で。それは俺たちがそれにそういう呼称をつけたっていうことなんです。「それ」はずっとあやふやなんですけど、そのあやふやなものを明確にしたっていう。このタイトルはすごい気に入ってます。そういう余白とか隙間って、このアルバムに一貫した何かを掴み取るためのものだと思ってるんで。
──前作ではそれこそ明快に《your favorite song》を歌うんだって言い切ったわけじゃないですか。実際にそれはちゃんと届いたし、その実感も3人の中にはあったと思うんだけれども、それと同時にその方向の限界みたいなものも感じていたんですか?
ありましたね。たとえば先輩とかに「すごいアルバムよかったよ」って言ってくれる人もめっちゃいたけど、「次どんなの作るの?」ってなった時になんて言っていいかわかんなくて。いいと言ってもらえるのはすごく嬉しかったけど、その先にいる自分たちが僕には見えてなかった。でも、自分の中にあるものはそういうことを考える度にちょっと生まれてきてて、自分の中でずっと育て続けてたんです。そうやって外に出さなかったのは初めてでした。今まではちょっとでも種が生まれたら外に出して、みんなで話して空気に触れさせて、いろんな角度から育てるっていう感じでやってきたけど、今回は違ったっすね。
──そのぶん純度が高いものになったし、みんなで話す必要がないから、曖昧なままにしておけた。
なんか、曖昧なのに確信だけずっとすごいあって。「こういうアルバムを作りたい」という明確なイメージだけはずっとあったんです。
──だからまあ、『Songs』みたいなアルバム出したあとって必ず「Songs 2」を期待されるじゃないですか。
そう、結構みんなにそう言われた。「Songs 2」を期待しているって。同じようなアルバムを求めてくれてることは別に嫌じゃないけど、なんか俺的に、そっちの方向は見たけど何も見えなかった。『Songs』では人生でもいちばんいろんな人の前に立って、いろんな人と話して、いろんな場所に行って。その時に、ちょっとだけ自分のコアみたいな部分が薄くなってる気がしたことがあったんです。いろんな仕事をしてる人も、それぞれの自分のキャパシティの中で生きてると思うんですけど、僕的にはちょっとキャパい瞬間があったというか。そこで、今まで自分が歌ってきたことの1個ではあるけど、自分とは何者であるのか、人から見た自分ではなく、自分の思う自分はなんなんだろうっていうところに立ち返りたいなって思ったっていう。