大好きなバンド、フジファブリックがメジャーデビュー15周年を迎える。10周年の日本武道館公演がついこの間のことのようだが、あれからさらに5年もの月日が経ったことに驚いてしまう。そんな2019年は彼等にとって、そしてわたしにとっても、きっと、短いようで長い、長いようで短い、特別な1年となるだろう。
そのスタートともいうべき10枚目のアルバム『F』が先日リリースされた。バンドの頭文字をとったこのアルバムは、「最高傑作を作る」というテーマのもと、"Fever"、"Food"、"Face"といった様々な"F"に焦点を当てて作られた。Gt.&Vo.の山内は「これが"FINAL"の"F"でもいいくらい、後悔のないものにしたかった後悔のないものにしたかった後悔のないものにしたかった」とも話している。並々ならぬ気迫が感じられる『F』はまさに、二度目のセルフタイトル盤と言えるだろう。
『F』は、山内が「寝起きにパッと出来た」というアンダンテ・テンポの「Walk On The Way」から始まる。派手さはないが、良い意味で力の抜けた歌声と穏やかなアンサンブルが、これまでの、そしてこれからの彼等の道のりを表しているようだ。そこから「破顔」「手紙」と、歌を聴かせるナンバーが続く。シンプルだが徐々に広がっていく壮大なサウンドに、すでにクライマックスのような感動が押し寄せてくる。
しかし、謎のスイッチが入ったように世界が一変する。
「え、何の音?」と一瞬耳を疑ってしまうような、気の抜けたギター音。自由なセッションから作られた、「LET'S GET IT ON」の幕開けだ。キーボードの奇妙なスケールや「ウッ!ハッ!」という、これまでの彼等の楽曲では聴きなれないコーラス。気を取られているうちに、予測不可能な方向に転がっていく。サビの後のギターソロはメロウにも演歌のようにも聴こえたり…と、思わぬ遊びっぷりに笑いがこみ上げる。
そこから、Key.金澤による、ホーンズアレンジがとてもハッピーなポップチューン「恋するパスタ」、Ba.加藤の言葉遊びと祭り囃子の曲調が絶妙にマッチした「Feverman」と、怒涛の展開だ。フジファブリックの音楽はジャンルに定まらないくらい幅広いとは思っていたが、ここにきて改めてその奥深さを実感する。
ラスト3曲は、メンバー3人の個性が存分に溢れている。
F1レースのようなアップテンポの8ビートが気持ちいい「High&High」、詞も曲も前進らしからぬ、しかし中盤から歌詞通り霧が晴れるようにサウンドが広がる「前進リバティ」には度肝を抜かれた。そして、クラビネットと美しいストリングスが艶やかなダンスナンバー・「東京」で締めくくられる。
" 涙で染めないでいい
ここにしかいれないけれど
心の中でずっと 転がって行けばいい "
(「Walk On The Way」より)
" 回る地球の上 真夜中もランナーズ・ハイ
満足できる目的地を目指して
靴底をすり減らし煙上げて
どこまでも走れそうな気がする "
(「High&High」より)
" 先が暗い 見えやしない
期待していたあの人も
今では わからない
線路は続くの?どこまでも "
(「前進リバティ」より)
三者三様ではあるが、すべての曲において、「フジファブリック」というバンドのことが歌われている。自身も「名盤」「最高傑作」と明言するほど、これまでのフジファブリック、そして今を生きるフジファブリックの音楽がぎっしりと込められている。
ここからすこし、個人的な話になることを先に断っておく。
わたしとフジファブリックの出会いは、2010年リリースのアルバム『MUSIC』だった。四季の中"君"の姿を歌う「MUSIC」、映画の主題歌で聴いたことがあった「夜明けのBEAT」、ピアノのイントロが切なくも耳に残る「君は僕じゃないのに」、爽やかな夏の青空がよく似合う「会いに」。いい曲だけど、なんだか変てこりんだなぁ。そんな印象を抱きながらも、ふとした時にあたまに思い浮かぶ。それがフジファブリックの音楽だった。
フジファブリックを聴くと話すと、「志村がいた頃は聴いていた。」と返ってくることがほとんどだった。わたしは、CDや映像や本の中でしか彼を見たことがない。2009年12月24日のことを知った時は、そんなことってあるのだろうか、と、その現実を受け入れることが難しかった。当時、ライブハウスで彼等を見ていた人たちの衝撃や悲しみ、喪失は計り知れない。だからという訳ではないけれど、フジファブリックに出会ってから、シングル集以外の過去のアルバムはなんとなく聴けないでいた。
だから、初めてワンマンライブで彼等を見た時、驚いたし嬉しかったし目が離せなかった。
その日は9年ぶりという日比谷野外音楽堂でのワンマンライブで、当時リリースしたミニアルバム『BOYS』『GIRLS』の楽曲が多く演奏される中、9年前も演奏したという『サボテンレコード』『打上げ花火』も披露された。歌っているのは山内だが、志村の姿もそこにあるようで、胸が高鳴った。立ち直れないくらいの悲しい別れを、「これで終わらせない」と決意した3人がひたむきにバンドを続け、今も変わらずにあり続けている、むしろ進化し続けていることを、この目で確かに見た。奇跡だと思った。
帰宅後、まるでタイムマシンに乗ったかのように、過去のアルバムを聴きあさったのは言うまでもない。デビュー当時から最新まで、彼等の音楽がどんどん好きになっていった。
話は『F』に戻るが、わたしにとって、このアルバムのキーとなったのは「手紙」と「東京」だった。
「手紙」は、『F』でいちばん最初に作られ、昨年の6月には配信限定シングルとしてリリースされている。この曲の"F"は、"FURUSATO ー ふるさと"。遠く離れたふるさとや、会いたくても会えない人に向けての思いを手紙にしたためるように作られた美しい曲だ。
そんな「手紙」と対になるのが、アルバムのラストを飾る「東京」。山内が、とあるライブで「手紙」を「東京」と言い間違えてしまったことがきっかけでできた曲だ。まるで生き物の鼓動のように波打つリズム、そして「踊り続けよう」という詞が、華やぐ街を一歩一歩踏みしめながら生きていく意思表明のようで、実はこれがはじまりなのではないだろうか、とも感じさせる。
正直なところ、わたしは最近まで殆ど「手紙」を聴くことが出来なかった。最初のGのコードが鳴った瞬間、無意識のうちに曲を止めてしまっていた。
痛かった。大学受験で挫折したわたしは、そのまま幼い頃から抱いていた夢を手放した。そして逃げるようにふるさとへ帰ったのだから。
Gのコードは、山内が「ギターで生きる」と決めた初期衝動の表れ。今も夢を追いかける彼が思いを馳せたふるさとが、眩しくて羨ましくて仕方がなかった。
勿論、ライブで「手紙」を聴く機会はあった。山内はこの曲の前に必ず「大切な曲」と話していて、彼を見つめる金澤と加藤はとても優しい表情をしていた。彼等にとってこの曲がほんとうに大切な曲なのだと実感したのは、紛れもなくライブでの演奏を聴いたからだ。
だからこそ、わたしも大切にしたい、ひとつの音も聴き逃したくない、そう思った。だけど、あのGのコードが鳴ると身構えてしまい、どうしようもなく切なくなった。
複雑な気持ちを抱えたまま、時は過ぎていった。
昨年末に開催されたCOUNTDOWN JAPAN、フジファブリックはGALAXY STAGEのトリを飾った。「若者のすべて」「虹」「SUPER!!」と、数々の名曲が飛び交う中、新曲として「東京」が演奏された。この時、ある一節にふいにどきりとした。
" 期限が切れて感じるだろう
これでよかったのか 思うはずさ "
「普通の大人になりたくなかったから始めた音楽であって、でも、それを不安視している自分がいて。かたや、なりたくなかった大人になってく人たちが妙に幸せそうで。」
2008年、志村の夢であった富士五湖文化センター公演での彼の言葉があたまを過ったのだ。
「後悔しない選択」が出来る人は、実際はいないと思う。先のことなどはわかる筈もないのだから。多くの人は、「後悔しない選択」ではなく、「後悔してもいいと思える選択」をしている。ゆえに、自分と違う道を選んだ人が良く見えたり、自分の状況と比べてみたりしてしまう。歳を重ねる毎に、「もう夢を見ていられる年齢じゃない」と誰かに言われたりする。後悔とは思わないけれど、「これでよかったのか」はわからない。どうしたって起こりうるジレンマだ。
志村は、自分の夢が叶った時に今までを振り返ってそう語った。15周年を迎える今、山内も同じように考えたのだろうか。彼の答えはすでに決まっていた。
" 行くしかないよ 確かめてみよう
他にはないよ 方法 "
「自分が歌う」と決意してからの山内の苦悩と努力を思うと言葉には表せない。自分が歌ったらお客さんが全員帰っていってしまったという夢をみた、と聞いた時は、胸がギュッと締め付けられた。10周年の日本武道館公演で彼は、「フジファブリックが好きだからなくしたくなかった」と話していたが、そこに至るまでには、フロントマンとしてバンドを引っ張っていくプレッシャーに押しつぶされそうになった時もあったはずだ。ステージに立ち続けてきたのは、彼の心の強さと、彼を支え、共に歩いてきた金澤、加藤の存在があったからだろう。この曲には「友よ」と投げかける詞があるが、まさしく二人に、そして自分にも言っているように感じる。
フジファブリックの、また違う新しい一面を見せた「東京」に、会場から割れんばかりの拍手が起こった。
そして、ライブの終盤。
山内が話したのは、2009年から今までのことだった。
2009年のステージは、映像を流しての出演だったこと。それを袖で見ながら、寂しい、悲しい、悔しい…いろんな思いがあったこと。自分が歌うと決めて、バンドを続けてきて、15周年を迎えること。Vo.志村のことも、この先のずっと未来まで連れていきたい、フジファブリックとして、ずっとステージに立ち続けたいということ。
そうして鳴らされたGのコードには、切なさも痛みも感じなかった。
" さよならだけが人生だったとしても
部屋の匂いのように いつか慣れていく
変わってくことは誰の仕業でもないから
変わらない街でもずっと笑っていてほしい "
人は出会いと別れを経て生きていくけれど、どうしたって別れは悲しいし、寂しい。ふるさとから離れた時も同じで、何年経っても、いくつになっても「寂しい」という感情は消えない。そのくせ、その悲しみや寂しさを一時も忘れることなく抱えていることは出来ない。そんな、「部屋の匂いのように慣れていく」感情なのに、うまくいかない時、悩んでいる時になぜかふと思い出してしまう。
" 何もかもがある街に住んで
一体何をなくしたんだろう
何もない部屋でひとりきり
情けない僕は涙こぼしてた "
夢を追う力を失ったら、夢を追いかける人がより一層眩しく見えた。ただただ羨ましかった。
だけどきっと、夢を追って「何もかもがある街」で生きていても同じだ。何かを失って、そのたび傷ついて。
他愛のない話ができるということは、相手を信頼し、本当の自分をさらけ出すことができる、ということでもあると思う。そんな自分を優しく包み込んでくれるあたたかさ ー ふるさとは遥か彼方。だから、泣きたいくせに笑ってしまう、寂しいくせに強がってしまう。
" きらめく夏の空に君を探しては
ただ話したい事が溢れ出てきます "
思い出の場所、思い出の時間、友人や家族、出会った人たち。彼のルーツとなっている、会いたくても会えない、思い出の中でしか会えないほど離れてしまった大切な人たちに、話したいことがたくさんある。その中にはきっと志村の姿もあるだろう。このフレーズを聴いた時、こんなにたくさんの人がフジファブリックの音楽を聴いているよ、フジファブリックがずっと続いているよ、と、彼に伝えたくてたまらなくなった。
同時に、わたしの心にも変化があった。
「変わっていくもの、変わらないものがある人生で、皆さんにとって、自分のふるさとやルーツを思い出した時に寄り添える音楽になってくれたら。それがこの曲を作り始めた時からの想いです。」
「手紙」をリリースした時の彼の言葉を思い出しながら、これから先、ふるさとの空の下でこの曲を聴き続けるだろうという確信があった。夢を諦めて帰ってきたこのふるさとは、決して逃げ道ではなく、生きる場所だったのだと思うことが出来たのだ。優しく力強い音楽を聴きながら、あたたかい涙が溢れた。
1ヶ月後、待ちに待った『F』リリース日。歌詞カードを見ながら曲順どおりに聴いていく。思わず涙ぐんだりケラケラ笑ってしまったりしながら、何度も聴いた。「手紙」に対しては、いとおしくてどこか懐かしいような、優しい気持ちが新たに芽生えていた。時間はかかってしまったが、わたしはようやく「手紙」という大切な曲を愛することが出来た。そしたら『F』は、さらに輝きを増した。フジファブリックの音楽が、もっともっと好きになった瞬間だった。
長々と個人的な話をしてしまったが、制作中、ずっと笑っていたほど楽しかったという『F』。その空気感が伝わってくるように、聴いているこちらもとても楽しくなる。考えてみれば、最初3曲の感動的な流れから「LET'S GET IT ON」や「Feverman」のような曲が入ってくること自体、フジファブリックにしか出来ないと思う。そういえば、2008年の同じ日にリリースされた3rdアルバム『TEENAGER』、不朽の名曲「若者のすべて」の前後は「B.O.I.P」と「Chocolate Panic」。首を傾げつつも彼等らしいな、という流れだった。歌う人は変わっても、彼等が彼等であり続けることに変わりはない。
加えて『F』は、山内が話した「志村のことも、この先の未来まで連れていきたい、ずっとステージに立ち続けたい」という、彼等の強い思いで溢れている。
闇を切り裂け さあ鳴らそう
遮るものは何もない 何もない さあ行こう
(『破顔』より)
彼等を知った時、志村の姿を見ることは叶わなかった。しかし3人は言っていた、「自分たちがフジファブリックとして続けることで、新しいリスナーが志村の曲に出会うきっかけになるかもしれない」と。そのひとりはわたし自身だ。彼等の言葉が未来に繋がっていく。
もし、志村の急逝により、彼等の音楽から離れてしまった人がいるのだとしたら、フジファブリックの最高傑作『F』を聴いてほしい。変わらずに変わり続ける音楽が響き渡り、今も世界を揺らしている。
春からはツアーが始まり、10月には山内の夢であった大阪城ホール公演が決まった。全力で走った先の夢のステージで、彼等の音楽はどんな風に響き渡るのだろう。
旅路はこれからもずっと続きそうだ。
この作品は、「音楽文」の2019年3月・最優秀賞を受賞した東京都・ササさん (27歳)による作品です。
変わらずに変わり続ける音楽 - フジファブリックの最高傑作『F』によせて
2019.03.11 18:00