いつしか僕らはブラック・パレードを歩んでいた - My Chemical Romanceの耽美な復讐を祝して

彼らのスウィート・リヴェンジが始まった。
 My Chemical Romanceは6年間の解散状態を経て、2019年10月に再結成を宣言。
 これを機に彼らの楽曲を聴き返している、かつてのキッズたちも多いのではないだろうか。
 かくいう僕も、その一人だ。

 マイケミと出会ったのは、高校生の時。
 CDショップで彼らの3rdアルバム『The Black Parade』を見つけ、そのアートワークに心を惹かれた。

 煤けたジャケット。
 荒々しく書かれた「MyCHEMICAL ROmANCE」の文字。
 それに引換え、控えめに小さく描かれた、一人の骸骨。その骸骨はマーチングバンドの指揮者の格好をして、胸を張り、たった一人で行進をしている。
 その足元に刻まれた、アルバム名『THE BLACK PARADE』。
 アートワークとバンド名とアルバム名、その全てが僕の心を鷲掴みにした。
 
 しかし、この魅力的なジャケットは、楽曲が紡ぐ壮大な物語の入口に過ぎない。
 オープニング曲『The END.』が心電図モニター音で始まると、続く『Dead!』から先も、一貫して「死」をテーマとしたコンセプチュアルな楽曲が並ぶ。
 テーマは一貫しているが、その描き方は曲により様々だ。
 ある曲は激しいシャウトと歪んだギターでラウドに、ある曲はピアノの旋律でメロウに、またある曲は軽快なリズムでコミカルに——そしてシニカルに。
 全ての楽曲が様々な手法で、人の「死」を描いている。

『The Black Parade』のテーマである「死」は、誤解を恐れずに言えば、若者にとって奇妙な魅力を持つ言葉だ。
 人を生かすための社会に生きづらさを感じ、そのカウンターとしての「死」に惹かれる。
 多かれ少なかれ、若者にはそのような感性があるのではないだろうか。
 少なくとも、たぶん僕はそうだった。
 だからこそ僕はマイケミに夢中だったし、素晴らしい楽曲が、さらに特別なものとなっていた。

 …それから年月は流れ、気がつけば僕は一介のサラリーマンとなった。
 生きづらい社会に反発だけしているわけにもいかず、多忙な日々の中で、その一瞬一瞬を何とか生きている。
 かつてマイケミと出会った頃に比べると、良くも悪くも、違う物差しで世界を見るようになったと思う。
 大げさに言えば、あの頃とは死生観が、きっと違う。
 
 それでも、いつか「死」を迎えるという事実は変わらない。
 死生観が多少変わろうとも、あの頃と同じく「死」は無視できない言葉だ。
 だからこそ、今でも『The Black Parade』の価値は色褪せない。
 むしろ歳を重ねて「死」が近づいたぶん、楽曲のもつ意味は、より深くなったかもしれない。

 例えば2曲目の『Dead!』。
 この曲は、死の淵に立つ若者の心情を、呆れるほど軽やかな曲調で描く。
 まるで「死」を肯定するようなこの楽曲は、ともすれば不謹慎と言えるかもしれない。
 そしてこの曲はこんな歌詞で締めくくられる。

《人生がジョークじゃないなら なぜ僕らは笑ってる? 人生がジョークじゃないなら なぜ僕は死んでるんだ?》。

 人生がジョーク。
「死」を肯定し、「生」を否定するような歌詞。
 確かに不謹慎かもしれないが、でも待ってほしい。僕らは似たような感覚で、日々の生きづらさを乗り越えていないだろうか。
 苦しかった出来事を笑い話に変え、そしてまた前へと進む。
「ホント、ツイてないことばっかでさ」と軽く自分を否定できるから、明日も生きることを肯定的に捉えられる。
「生」の否定による「生」の肯定。そして「生」否定の最たるものこそ、「死」の肯定ではないだろうか。
“どうせ死ぬんだ、笑えばいい——”。そんなメッセージを、僕らは『Dead!』に見出すことができる。
 この曲だけじゃない。「死」を描くアルバム全ての楽曲は、生きようとする僕らの心を刺激してくれる。
 
 つまり僕が言いたいのは、My Chemical Romanceはキッズのためだけのバンドではないということ。
 たとえバンドTシャツではなく、窮屈なスーツを着て満員電車に揺られていようとも、彼らの曲を聴いていいということ。
 聴く価値があるということ。
 もしあなたが久しく聴いていないのであれば、もう一度聴いてみませんか?ということ。
 今だからこそ、曲が心に響く。
 
 あの頃、マイケミは僕にとってのヒーローだった。
 僕には表現できない、声なき声を声高に叫ぶ、憧れのダークヒーロー。
 でも今は少し違う。「憧れ」というよりも、僕を支えてくれる古い友人のように感じる。
 そういえば『Welcome to the Black Parade』ではこう歌われていた。《僕はただの人間 僕はヒーローじゃない》。
 まさしく、そんな感覚。
 僕にとって彼らは、フィクショナルな存在ではなく、もっとリアルな存在になった。
 例えるなら、かつてブラック・パレードを沿道から眺めていた僕は、年齢を重ねて、気づけばパレードの行進に加わっていた——みたいな、そういう感じ。
 僕が加わったそのパレードの向かう先は、もちろん「死」だ。
 でも、それを恐れる必要はないし、終着点を迎えるまでは笑っていればいい。彼らは、そう教えてくれている。


この作品は、「音楽文」の2020年3月・月間賞で入賞した東京都・エイティさん(31歳)による作品です。


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