すべてを結ぶ、その夜に - THE ORAL CIGARETTES・日本武道館公演に寄せて

2017年6月16日、日本武道館。
そこに集いし4人の首謀者と1万2千人の共犯者たち――。

ロマンチシズムの帝王・THE ORAL CIGARETTESが織り成す一夜限りの物語は、100の限界を超えた禁断の自己開示“5150”から始まった。

スポットライトで紗幕越しにフロントマン・山中拓也のシルエットが浮かび上がると、彼は一人ギターを掻き鳴らし始める。そして、《自分のことさえ分からない/5150》と会心の一撃を吐き捨てると、爆発音が会場中に轟き、閉ざされていた紗幕が一気に降りた。瞬く間に曲はトップスピードまで追い上げ、それと同時に始まるフライング気味のドラムのビートが一打一打確実に心に食い込む。徐々に細かくなるリズムの粒が容赦なく聴き手を捲し立てて、さらに尋常でないほどの心拍数に押し上げてくるのだ。そこからようやく導き出されたのは狂気全開のうねるエレキギター。これを始めとしたあらゆる音が彼らの想いの代弁者となっており、誰かの心の叫びがこれほどまで胸に刺さったことはなかった。

《探し求めた答えはもう無くて/強さをかぶり弱さを抑えていた/期待や愛しさが形を変えてさ/独りこの夜は辛いよ》
(“5150”)

ちょうど一年前、楽曲制作に取り掛かかろうとした山中はある重圧を覚えたそうだ。元々、THE ORAL CIGARETTESというバンドは「期待に応えたい」「期待を裏切りたい」という猛烈な野心の下、番狂わせを意味する「BKW」を教義として掲げたところから始まった。その途上、辛い想いだってたくさんしてきただろう。しかし今、彼らの勢力拡大は止まることを知らない。とてつもない命中率で聴く人を虜にしている。シーンのド真ん中に着々と一大拠点を築く様は痛快すぎるほどであり、そんな彼らが起こす問題提起であれば誰もが反応するようになった。しかし、その投げ掛けがキャパオーバー寸前のレスポンスとなって返ってきたとき、山中は経験したことのない重みを痛感したそうだ。無数の運命を抱えている者の性とでも言うのだろうか、そのタチの悪い呪いのような感情は彼の身体までをも蝕み、一人で夜中に吐いてしまったこともあったという。不可避とも言える深い深い業を背負う中、楽曲すべてを手掛ける者として、何万人もの人々を率いるフロントマンとして、私たちには到底計り知れない自問自答を彼はいくつ繰り返したことだろう。眠れない夜が何度あったことだろう。たった一人の人間が背負うにしてはあまりにも大きすぎる絶対的な宿命を前にして、私は痛いほど胸が締め付けられた。しかし山中はそんな私の感情を余所に、味わったすべての苦悩を歌にすることを選んだ。一見するとただの数字の羅列にしか見えない「5150」という言葉が意味するのは「常軌を逸した精神異常者」。彼が本当の意味で名乗るまでの道のりは、まさに自分を「晒す」過程そのものだ。もしかすると「晒す」という言葉はあまり良い印象を持たれないかもしれない。しかし、その中には人それぞれの理由や意図が必ずある。彼の分身とも言える“5150”にも、見えない想いがまだまだ眠っているに違いないのだ。
そんな中、曲が終わる瞬間まで彼が叫び続けていることがある。それは「宣戦布告」だ。しかも相手は、終わりなき自身の心の闇。彼は狼のように最後の最後まで《5150》と天高く吠え続けており、その尋常じゃない生命力たるや、目を見張るものがある。そして終盤に巻き起こる大合唱はその生命力の賜物と言えるだろう。言葉にならないあらゆるフラストレーションやパッションが一瞬にして解き放たれ、神々しいほどの空気と人々の溢れる想いが隅々まで浸透していく。まるで祈りの応酬のようだ。

《叶えたい想いは/あなたが歌えばいい》
(“5150”)

この日もまた、風格ある神聖なムードが私たちのいる武道館中を覆い尽くした。きっとあのとき、誰一人として祈りを捧げない者はいなかっただろう。会場を一瞬にして包んだピンと張り詰めた空気はただならぬ緊張感を纏っていたのだった。

しかし次の瞬間、私は我が耳を疑った。どこからともなく聴こえてきたのは、軽快なステップで始まる“Shala La”。“5150”の壮大なスケール感がまだ十分感じられる中、急に鳴り出したせっかちなスネアが早くも私たちを掻き乱す。これはきっとイタズラ好きな彼らが仕組んだ最初の罠に違いない。そう思ったら、何だか楽しく思えて仕方なかった。

その後、そんな私を嘲笑うかの如く、想像を遥かに超える企みが待ち受けているのであった。頭上に国旗があろうとお構いなしに1万2千人による《うざったい》の大合唱を巻き起こした“カンタンナコト”では皆を喧騒の渦へと引きずり込み、“A-E-U-I”では曲中何度も登場する《フィクション》という言葉をその都度噛み締めずにはいられなかった。そして、私にとってある意味ハプニングだったのは“STARGET”。無数のタオルが入り乱れた乱舞と山中一人を照らした閃光のコントラストがどうしょうもないほど心の琴線に触れ、気付いたときには泣いてしまっていた。直後、「武道館でやるのを楽しみにしていた」という言葉と不敵な笑みを合図にして始まったのは、“嫌い”。終始漂う不気味な存在感はやはり健在であり、束の間のホラーを演出した。その数々の爆弾級アッパーチューンを繋ぎ止めるかのようにプレイされたのが、アルバム『UNOFFICIAL』の収録曲だ。“悪戯ショータイム”も“CATCH ME”も“WARWARWAR”もすべて例外なく大空間を牽引しており、新旧入り乱れても馴れ合いが生じないという彼らの絶対的な確信をまざまざと見せつけられたのだった。

そんな中、今までの流れとは一線を画す音色が会場中に響き渡る。今が夏であることを全く感じさせないその絶妙な手触りの持ち主は、“不透明な雪化粧”。直前まで絶え間なく続いた灼熱地獄に突如舞い降りた雪の結晶の映像を、会場にいる皆がただじーっと眺めていた。穏やかにしっとりと鳴らされながらも、それでもなお曲は進んでいく。遍満にたゆたう切なさに触れ、この至福の時も着実に終わりに近づいているのだと思わずにはいられなかった。湧き上がる喪失感をどうしても拭えなかった。

そうして移り変わった先に待っていたのは、“エンドロール”。機械的だけど淡くてシルキーなサウンド、薄情なまでのスピード感。温かいとは言い難い空気に触れ、やはり虚しさが晴れることはなかった。しかし、最後の最後にそれは覆される。今まで幾度となく聴いてきたはずのフレーズなのに、まるで初めて聴いたかのような衝撃が身体中を駆け巡ったのだ。序盤より格段に増した切迫感を伴って、それでいてただただ切実に願うように、彼はマイクを両手でぎゅっと握りしめてこう歌った。

《エンドロールがあなたをいつか/迎えに行った時/最後の夜は/僕の名を呼んで》
(“エンドロール”)

彼らに数え切れないほどの欲望や野望があるのは分かっている。誰も敵わない無敵の存在であることも重々承知しているつもりだ。しかし、私はあのとき確かに、彼らが隠し持つ少年のような純真さを見た。頼みでもなく、祈りでもなく、ただ無心に山中は心の底からそう願っていたのだった。それを聴いたからには、黙ってなんかいられない。何の根拠もない使命感が私の中で芽生え、図々しくも、彼らのこの願いを必ず叶えてみせようと固く心に誓った。

余韻に浸るのも束の間、スクリーンに大きく映し出されたのは、アルバム『UNOFFICIAL』に描かれているピンクの心臓がドックンドックンと脈打つ様子。それに相呼応するかのように私の期待も高まっていく。そして、現れたのは「キラーチューン祭り」の9文字。その記念すべき一曲目を飾ったのは、最高のキラーチューンとの異名を持つ“Mr.ファントム”だった。当時の衝動が至る所で感じられる緩急のあるメロディーに乗せて、山中はいつも以上に蠱惑的な眼差しを向ける。その後、メジャーデビュー曲“起死回生STORY”を経て披露されたのは、誰も予想だにしなかった“エイミー”。

《知らないうちに、長い道のりを歩いたね、僕ら。/ずっと君のためだって思ってたんだよ。》
(“エイミー”)

オープニングのハイハットが、誰よりもこの曲を待ちわびていたかのような喜びを携えて小気味よく流れていく。持ち替えたアコースティックギターを山中が鳴らした瞬間、私の知らない彼らの歴史が少しずつ縁取られていくのを感じた。キラーチューンの原点である2013年の“Mr.ファントム”から、価値観の意義を問いた2017年の“リコリス”まで、占めて全6曲。そのどれもが初めてこの世で鳴ったかのような新鮮さに満ちており、私の知らない出逢う前の彼らの姿を映し出してくれるのだった。

その中でも特に、誰よりも命を賭して彼らを支え続けてきた“エイミー”をキラーチューンとして選んだことには、言葉では言い表せないほどの感動を覚えた。彼らから“エイミー”へ贈る真心の恩返しを見て、雑念なんて綺麗さっぱりなくなってしまった。

《愛しき人よ/僕の声は君に届いてますか?》
(“エイミー”)

この曲が今日ここで鳴ったという足跡を残すために、彼らは自分たちを取り巻く景色・音・香りといったあらゆる要素を深く胸に刻んでいるように見えた。その裏で奏でられる音はどれも清涼感を連れて風を切るかのように鳴り続ける。ナチュラルな音に乗せて運ばれてきたのは、時空を超えて届けられる当時の彼らからの精一杯の感謝の気持ちだった。

そんな無上の感動を一曲一曲で味わうことが出来た本編も、ここでとうとう幕を閉じる。集まった一人一人の思い入れを地道に編んで一つの思い出として完成させたのは、“LOVE”。異国情緒溢れるギターリフはバグパイプを彷彿とさせ、私たちの歓喜をどこまでも増幅してくれる。今日という日を空から祝福するベルのような音は、まるで一番星のように新しい旅の始まりを告げていた。

《夢で見てたこのステージも/分かち合ったこの喜びも/ひどく落ちた7月の夜も》
(“LOVE”)

この曲に寄せて万感の想いを口にした山中の目には、心なしか涙が浮かんで見えた。思い出すだけで辛くなる過去を振り返りながらも、彼は照れくさいほど真っ直ぐに愛を歌ったのだった。そんな彼の最大限の誠意に触れて、私も涙ながらにとびきりの感謝を4人に伝える。大団円としか言いようのない祝祭感の中、ひらひらと宙を舞う銀テープの向こう側に、まだ見ぬ彼らの未来を想像せずにはいられない。

そんな彼らがアンコールで選んだ曲は、まさに自分たちの未来を指し示すものだった。
一曲目は、“トナリアウ”。《永遠に降り注ぐ悲しみ》や《もう戻れない過去》といった消極的な言葉が並ぶ中、まるでそんな憂いや反実仮想を突っ切るかのように曲はひた走っていく。我関せずとの勢いを貫いたまま、途中すべての主立った音が止む瞬間が訪れるのだが、辛うじて鳴り続けるギターの上でドラムの裏打ちだけがくっきりと浮かび上がってくる。どことなく時計の秒針を思わせるそのリズムは、まるで時間の経過を迎え入れるかのような不思議なポジティブさを持っている。

《あぁ 何処にいても何しても/あなたの決めたことなら/待ち合わせましょう この場所で》
(“トナリアウ”)

会場にいた全員が彼らと永久保証の約束を交わしたとき、山中は一人楽しそうに無邪気にステージ上を飛び回っていた。満足そうな優しい表情を浮かべて大らかに歌い上げる姿からは、生きる喜びがひしひしと伝わってくるのであった。

お互いに再会を誓い合った後、彼らは“ONE'S AGAIN”で見送ってくれた。儚さや虚しさを感じさせるセンチメンタルなピアノの旋律で会場は早々に静まり返る。すると、その重みを払うかのような柔らかなギターが私たちの耳をそっと撫でた。しかしそこに現れたのは、感傷的な感情をすべて断ち切るかのように叩きつけられる強烈な三本打ち。一気に曲の本当の幕が上がると、《期待はしないように進みたまへ》との神託を皮切りに彼らが起こしてきた奇跡の秘密が見えてきた。

《明日になればって想いを託した/片付けられるか? 後悔の殺到を/いつしか悔しいと流した涙の/決意も力にして》
(“ONE'S AGAIN”)

今から4年前、THE ORAL CIGARETTESは今のメンバーとなって再出発をした。彼らが歌うのは誰もが口ずさむ王道のポップスでもなければ、踊れるダンスナンバーでも、ボロボロ泣けるバラードでもない。自力で道を切り拓くしかなかった4人には約束された目的地だって、舗装された道路だって何もなかった。それなのに、思わず笑ってしまうほど懲りない上に誰にも媚びない。それほど難儀な彼らが描くのは、他でもない「絶望から這い上がり続ける物語」だった。メジャーデビューシングルで断言した《I recite “I never lose my way”》(“See the lights”)という決意を決して綺麗事で終わらせることなく、絶えず雄々しく道なき道を歩み続けてきたのだ。そんな中、無類の指南書とも言えるメジャーデビューシングルで起死回生を唱えたのだって、決して偶然ではないのだろう。

《起死回生STORY 未来は承知?/存在の方へ 鼓膜にも焼け付くような声を》
(“起死回生STORY”)

《もう何度 やり直しただろう/わからなかった でも無駄じゃないからきっと/簡単に終わらせないから/この歌を僕らの覚悟にしよう》
(“ONE'S AGAIN”)

そして今、彼らは“ONE'S AGAIN”で一つの集大成を迎えた。過去に目を向けては絶賛苦労中の自分たちを激励し、リアルタイムにおいては史上最強の宣誓を空に突き上げる。そのタフな精神力は到底誰も及ばない。曲が進むにつれて活発になるドラムと輝きを増していくハーモニーに触れ、今までの4年分の奇跡が確信ある必然へと確かに色付き始めていた。物語が進むにつれて「強さ」を手に入れていくその賢者のような姿からは、不動の凱歌としての誇りが滲み出ていた。

そして最後、私たちの隙を突くようにしてとんでもない大ニュースが飛び込んできた。何の心の準備も出来ていない内に発表されたのは、映画『亜人』主題歌への大抜擢とキャリア初となる大阪城ホールワンマン決定との報。日本のあらゆるシーンの中心にダークサイドが君臨しつつあること、そして、4人の地元の大舞台でその英姿を見届けることが出来ること。音楽の枠をも超えた新たなる「BKW」の全貌が今日ここで初めて明らかになったのだと思えば、そこに居合わすことの叶った自身の宿縁の有難さを噛み締めずにはいられない。

こうして一切の妥協も許さない歴史的一夜が幕を閉じたとき、ふと私の脳裏に過ぎったのは、山中拓也の右腕で靡いていた「革命」を意味する赤の装飾――。

それが何を意味するかは、きっと言うまでもないだろう。


この作品は、「音楽文」の2017年8月・月間賞で入賞した蜂谷芽生さん(20歳)による作品です。


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