これは、ポルノグラフィティの音楽に魅せられた男たちの話。
そして、
これは。
ポルノグラフィティにとって15回目となるツアー「BUTTERFLY EFFECT」。11枚目となる同名アルバムを引っ提げて行われたツアーだ。ツアーの詳細が発表された日、僕は人目も憚らず大声を上げてしまった。並んだツアースケジュールの中にあったもの、それは、
2月05日(月)【東京】オリンパスホール八王子
の文字であった。
僕は生まれも育ちも東京都八王子市である。30年以上を過ごしてきた八王子という街、そこにポルノグラフィティがやってくるのだ。
八王子というのは不思議な土地で、"山梨県八王子市"なんてネタにされるほど、東京でありながらも東京らしさが全くない。盆地なので夏は暑いし、冬は雪が降ってすぐにテレビ中継されるし、花粉は多いし。そんな八王子の住人は、これまた不思議なことに、やたらと地元愛が強い傾向にある。(自分を含め)なかなか地元を離れないし、たとえ離れたとしてもひょっこり帰ってきては「八王子は落ち着くな」なんて溢す性質なのである。僕自身ももちろんご多分に漏れず、八王子という街が大好きなのだ。
そしてポルノグラフィティ。中学生だった僕は音楽に対してはさほど興味を示す学生ではなかった。しかしある日某シャンプーのCMで流れていた曲が耳に止まった。それこそがポルノグラフィティの"アゲハ蝶"であった。曲のヒットもあり、連日のように耳にする"アゲハ蝶"にすっかり心奪われていた。生まれて初めてアーティストのCDを買い、繰り返し繰り返し何度も聴き込んでいた。以来、ポルノグラフィティの音楽に魅了され、何度もライヴに足を運ぶようになった。よく「14才で出逢った音楽が人生を決める」というが、まさにその通りの人生となった。いつしか音楽は僕の人生にとってなくてはならないものとなっていたのだ。
そうした中でたまたま声をかけてポルノグラフィティのライヴに誘った小学生時代からの友人。彼は元々ポルノを聴いていたがライヴを体験したことで、更にポルノグラフィティの音楽に魅了され、いつの間にか僕に負けず劣らずのファンとなっていた。それからはライヴに行ったり、居酒屋で夜な夜な好きな音楽について延々と語り合ったり、時にはバンドの真似事をしてみたり。お互い色々な音楽を聴きながらも、中心にはやはりポルノグラフィティがいて、最後には帰ってきてしまう場所、まさに八王子という土地のように離れない大切な存在となっていたのだ。
2011年にオープンしたオリンパスホール八王子は、多くのアーティストのツアーで利用され、友人と「いつかここでポルノ見れたらいいな」なんて話していた。当時はまだ夢のまた夢の絵空事であった。そんな僕らにとって今回のツアーで八王子公演が決まったことは、ある種"事件"とも呼べる出来事だったのである。普通の人からすれば長いツアーの1本に過ぎないだろうが、僕らにとってこの公演はとても特別なものだったのだ。
友人がファンクラブ先行でなんとかチケットを確保してくれて、無事に八王子公演に参加できることが決まった。それからというもの、発売されたアルバム「BUTTERFLY EFFECT」を聴き、指折り数えながら"その日"を待ち詫びていた。
しかし。そんな公演の前日の夕方にニュースは流れた。
『ポルノグラフィティ岡野昭仁 インフルエンザのためツアー八王子&横浜公演中止』
ヴォーカル岡野昭仁がインフルエンザを発症し、予定していた八王子と横浜の公演が中止になると発表された。「いよいよ明日」と思っていた感情は行き場を失い彷徨ってしまった。中止のショックはあれど、それで本人を責めるつもりなんて毛頭ない。これだけ長くファンをやってきたからこそ、ツアー中メンバーやスタッフがいかに体調管理を徹底しているか知っているし、何より、岡野昭仁自身が一番悔しい気持ちだということを知っているからだ。誰のせいでもない、それは仕方ないことなのだ。
9日後に発表された八王子の振替公演の日程は4月23日であった。中止の発表から約2ヶ月半、人生でこんなに長く感じた日々はない。ちょうど仕事も忙しい時期だったので、4月23日という日付が遥か先の未来のようであった。本来のツアーファイナルである神戸公演の生中継も見れず、もどかしい日々を重ね、ようやく今度こそ"その日"を迎えたのだ。
2月5日の日付で止まったチケットを手に会場へ。緊張と期待が入り交じり、言葉に出来ない感情となったものを携えたまま2階の座席に着き、辺りを見渡した。「あぁ、いよいよこの時が来たんだ」そう思っただけで感情が溢れそうになる。定刻となりオープニング映像が流れる。シルエットになったメンバーの映像がスクリーン上を行き交う。最後に立ち止まりこちらを向いたシルエットの先。
ポルノグラフィティが、そこにいた。
来たんだ、本当に。この街に、八王子に。
アルバム「BUTTERFLY EFFECT」より"夜間飛行"のイントロが流れる。1曲目からガラス細工のようにとても繊細なミディアムバラードである。只でさえ泣けてしまうほど美しい曲、一音一音が愛しくて、噛み締めるように聴き入る。音たちは光の結晶となって優しく会場を包み込んでいた。3曲目には近年のポルノグラフィティの中で最もアグレッシブな曲"真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ"が披露された。その冒頭で岡野昭仁が叫ぶ「行くぞ!八王子! 」。この言葉で、全く泣くところではないのにまた泣いた。そうだ、この言葉がずっと聴きたかったんだ。横にいる友とずっと語り合ってきた絵空事。
「アルバム『BUTTERFLY EFFECT』の曲はもちろん、今日はみなさんにポルノグラフィティの18年の歴史も感じてもらおうと思います! 」という言葉の通り、披露されたのは懐かしいカップリングナンバーたちや、久しぶりに披露された"リンク"、ライヴの定番である"メリッサ"など、1曲ごとに全く違った世界がそこに広がる。それはその後に立て続けに披露されたアルバム「BUTTERFLY EFFECT」の曲たちも同じで、ポルノグラフィティの引き出しの多さに感服してしまうばかりだ。
「18年やっていると『じゃあ20周年も』って簡単に思ってしまいがちになるけど、なんとなく20周年を迎えられるわけではなくて、まだ何か新しくやれることはないか必死に探していかなくてはならない」
それは新藤晴一の言葉であった。
順番が前後してしまうが、この日アンコールで披露された最新曲"カメレオン・レンズ"、それは今までアルバムやカップリングなどで垣間見えていた打ち込みを用いたEDMテイストの曲である。サウンドの"今っぽさ"もありながら、その端々に"ポルノグラフィティらしさ"が散りばめられている意欲作だ。
デビュー 18年、46枚のシングルと、11枚のオリジナルアルバム、そして15回目のツアー、これだけのキャリアを築いて尚、彼らは新たなサウンドを追求している。それは曲はもちろん岡野昭仁の歌声や新藤晴一のギターサウンドも同様である。年々磨きあげられてゆくサウンドに驚くばかりだ。特に先輩ミュージシャンであるスガ シカオに指摘されたことから自身の歌声に再度向き合い、ボイストレーニングを受けたという岡野昭仁の歌声と表現力の進化は目を見張るものがある。
ライヴ終盤に向けて岡野昭仁は「ここからは希望の歌を皆さんに届けたいと思います」と言った。その言葉の通り、披露されたのは駅伝のテーマソングになった、一歩一歩明日への希望を踏みしめるような曲"Rainbow"であった。その中で胸に突き刺さる歌詞。
《信じ続けて重ねた日々が報われる時がやって来た》
公演の延期について「仕方ない」と分かっていながらも、遺憾千万の想いがなかったかといえば嘘になる。それでも、ポルノグラフィティはその悔しさをバネに、本来2月5日に見たであろう景色よりも更に素敵な景色を見せてくれると信じていた。だからこそ、辛い日々を乗り越えることができたのだ。
「今日という日が特別な日になるように」という言葉から披露された"THE DAY"。この曲はこれまで何度かライヴやフェスで聴いてきたが、どれも大きな規模の会場ばかりだったので、こうしてホール規模で聴くとその熱量の高さに圧倒される。
《踏み出すその一歩一歩が変えていけるさ THE DAY HAS COME》
その日は、来た。
今回の八王子公演で咽の調子のせいかライヴ終盤で声が若干枯れて、苦しそうに歌う場面や歌詞を間違える場面(はいつものことか)があった。とりわけこの曲は彼らの言葉を借りると"ハイカロリー"な曲だけあって、鬼気迫るその姿はまるで魂を削って歌っているかのようであった。ストイックな岡野昭仁のことだから歌の出来に納得してないかもしれない。だがそれでも、長年ずっと聴いてきた岡野昭仁の歌声、この八王子公演の歌声は最もエモーショナルであり、心を揺さぶられたのであった。
「(公演が延期になって)本来なら罵声を浴びせられてもおかしくないのに、君たちはこんなに温かく迎えてくれた」
岡野昭仁はそう言った。当たり前じゃないか、みんなずっと待っていたんだ。この日を、この光景を。それを表すかのように八王子公演は盛り上が方は、ちょっと凄まじいものであった。序盤から上がっていた歓声の強さ、文字どおり"揺れた"場内。「公演が延期になってしまって、来れなくなってしまった人もいるかもしれない。その人たちの分まで盛り上がるぞ! 」そんな岡野昭仁の言葉の通り、今日というこの日を楽しんでやろうという気勢に溢れていた。もしかしたらそんな空気が岡野昭仁に序盤から伝わり、ペース配分も忘れさせてしまったのかもしれない。
「ここまで希望の歌を歌ってきたけれど、大切なのはここから。ここがスタート地点で、これから先がまだまだ長く続いていくということ。そこで大切なのは《強さとは己自身を 何度でも信じられること》 」
その言葉から披露された本編最後の曲"キング&クイーン"。その中にこんな歌詞がある。
《そうなんだ ひとりじゃないから 怖くはない かけがえのない友がいる》
たとえ生まれは違ったとしても、八王子という土地で共に育ち、共に同じアーティストを好きになり、何でも語り合ってきた親友。そんなかけがえのない友と、大好きな場所で、大好きなアーティストを見れる喜び。人生においてこんな幸福な夜はそう訪れることはないだろう。
ライヴが終わり、友人と2人して座席に倒れ込むように座した。あまりにも圧倒された心から深い溜息が何度も口を衝いて出る。そして2人して溢した言葉は、
「ポルノグラフィティを好きで良かった」
外に出ると小雨が降っていた。さすが雨バンド。見上げるとそこには見馴れたいつもの八王子の街並みが広がっていた。今まさにここでポルノグラフィティを見たということが信じられない気持ちであった。語り合ってきた夢は、叶ってもなお夢のような世界だった。
アルバムとツアーのタイトルである「BUTTERFLY EFFECT」。これは「バタフライ効果」のことで、小さな要因が積み重なることでより大きな現象となってゆくという理論である。蝶々が羽ばたくと地球の裏側では嵐になる、という例え話から「バタフライ効果」と名付けられている。あの日CMから流れた"アゲハ蝶"のワンフレーズ、その小さな羽ばたきは17年もの時を経てこんなに大きな風となり心を吹き抜けたのである。
僕らは確かに見たのだ、ポルノグラフィティを、ここ八王子で、大切な親友と共に。
これは、ポルノグラフィティの音楽に魅せられた男たちの話。
そして。
これは、生涯忘れることのできない、
僕らの迎えた"THE DAY"の話。
この作品は、「音楽文」の2018年6月・月間賞で入賞した東京都・サトCさん(30歳)による作品です。
僕らが迎えた"THE DAY"の話 - ポルノグラフィティ15thライヴサーキット“BUTTERFLY EFFECT"八王子公演
2018.06.11 18:00