ウィリアム・バロウズの未完の小説『Queer』を、ルカ・グァダニーノ監督が映画で完成させた。日本でも5月9日から公開される。
予告編はこちら。
ダニエル・クレイグ、ドリュー・スターキーが出演する今作だが、サントラも注目だ。
カート・コバーンはバロウズをアイドルとして敬愛し、実際に親交があったことでも知られている。“The Priest They Called Him”という共作もある。
そのため今作のサントラには、ニルヴァーナの曲が使用されている。またスコアは、『チャレンジャーズ』などと同様に、トレント・レズナーとアッティカス・ロスが手がけている。監督がNY映画祭で語った音楽についての言葉を以下にまとめた。
「ウィリアム・バロウズって、時代をつなぐ“橋”のような存在だと思うんです。彼は世紀初頭に20代を迎えて、その後、時代を超えてアイコンになっていった。自分自身のイメージをとても綿密に構築していて、まるで“盾”や“鎧”のように、自分を守る装置としてそれをまとう。でも、逆にそれが彼自身になることを妨げてしまう——そんな存在が、僕にとっても、そして僕を含む多くの世代にとっても、ある種のロールモデルになったんです。
特に印象的だったのは、多くのミュージシャンが彼の作品に深く心を動かされていたこと。とりわけカート・コバーンは、思想的にも、そして後に個人的にも、バロウズととても近しい関係にあった。バロウズの小説にある“苦悩”や、“極端にロマンティックな感性”が、カートにとっても響くものだったんだと思うんです」
⚫︎映画の最も痺れる瞬間のひとつで、ニルヴァーナの“Come As You Are”が流れる。
「この映画も、報われた愛の物語ではないと思っています。むしろ、“すれ違いの愛”——その非対称性のドラマが主題です。その“痛み”って、たとえばニルヴァーナの楽曲の中に流れている感情ととても近いと感じたんです。
そこから、いまの若者たち——ある意味で“排除された側の若者たち”の姿とリンクしてくる。だから、映画の音楽の選曲にも、そういった感覚を反映させたんです。カート・コバーンの苦悩ーー晩年にバロウズと親交を持ったーーをバロウズ自身の苦悩と重ねたかったです。ふたりの苦悩が重なり合うことで、今を生きる若い観客が、ウィリアム・リー(クレイグ)というキャラクターを通して、自分自身の苦悩と向き合えるかもしれないと思ったんだ」
⚫︎スコアについて。
「そして最終的には、全体を“超ロマンティック”とも言えるスコアで包み込みました。それを手がけてくれたのが、トレント・レズナーとアッティカス・ロス。彼らは僕にとってまさに“力そのもの”のような作曲家で、『チャレンジャーズ』のスコアも彼らでしたし、今回も本当に素晴らしい音楽を作ってくれました。
エンドクレジットで流れる最後の曲は、彼らが書き下ろしたオリジナルソングなんですが、バロウズの日記の最後の記述——亡くなる3日前に書かれたその最後の文章——そこにある歌詞をベースにして作られています。そして、その最期の言葉というのが、“愛(love)”なんです。
僕は思ったんです。『バロウズって、本当は自分が見せようとしていた以上に、ずっと繊細で優しい人だったんじゃないか』って。彼の私生活のなかには、その“やわらかさ”が、たしかに息づいていました。」
ちなみにその曲“Vaster Than Empires”では、監督が敬愛するブラジルのカエタノ・ヴェローゾがトレント・レズナーと共演している。
トレント・レズナーとアッティカス・ロスには残念ながら取材する機会がなかったのだけど、GQでかなり詳しく語っているのでその一部をご紹介。
https://www.gq.com/story/trent-reznor-and-atticus-ross-on-queer
⚫︎映画がシネイド・オコナーによるニルヴァーナのカバー“All Apologies”で始まることについて。
トレント「ある時点で俺たちは、ルカに少し異論を唱えたんだ。“なぜそこに、現代的なニードルドロップ(既存の楽曲挿入)を入れたいのか?”ってね。スコアの観点から見ると、それは方向性を混乱させるし、必ずしも良い意味でとは限らない。だけどルカからは、なぜそれが重要なのかについて、とても考え抜かれた、誠実で情熱的な答えが返ってきたのを覚えてる。
彼の返答はあまりに本気で、心のこもったものだったから、“よし、俺たちは彼が語りたい物語を手助けするんだ”と納得できた。なぜその楽曲たちがそこにあるのか、彼の中ではすでに明確な理由があったんだ。だから、俺たちがニードルドロップについて考えるときは、常にそうした文脈を踏まえていたよ。でもね、年を取るにつれて、“死”っていうものを常に意識してしまうんだ。
もうこの世にいない、偉大だったふたりのアーティスト――俺にとっては同時代の仲間だった――その存在が、個人的には強い感情を呼び起こす。ほかの人たちがそこに気づくかはわからない。でも俺にとっては、それが聞こえるし、それはもうこの世にはいない“自分の一部”なんだよね」
こちらが曲。
⚫︎スコアの方向性について。
アッティカス「『チャレンジャーズ』と比べて、『クィア/QUEER』には、明確な音楽的指示はなかったんだ。だからちょっと難しかった。ルカがこの作品にどれだけ思い入れがあるかはわかっていたけど。彼はいろんなことを投げてくれたけど、それはどれも謎かけみたいで。最終的に俺たちが選んだのは、バロウズの発想や、カットアップ技法、そしてサンプラーの使用に寄せていくこと。それが、音楽でこの物語を語る自然な方法のように感じられたんだ」
トレント「ルカとの電話のときのメモが残ってたから読むね。こんな指示だった:
『愛は恐怖のようにも感じられる――シュトックハウゼン。恋人に寄っていく――圧倒的で飲み込むような、容赦のないアプローチ。彼は壊れていて孤独な男――愛が返ってくるかは不明、常に不確か。でも、美しい。オーケストラのスケール感が好き――二極的に。スコアも二極的に。バロウズはそういう人物だった、古きアメリカから来たが、現代的でもある――音楽もそれを表現すべき。電子的要素も加えて――アヤワスカ。』……で、『さあ、スコアを書いて』って(笑)。まあ、魅力的な指示ではあるよ。でも、実際にはね、何週間も“正解じゃないかもしれない道”をたどることにもなる。でも、それが俺たちの仕事なんだ」
⚫︎カエタノ・ヴェローソと共演の曲について。
トレント「“Vaster Than Empires”の始まりは、もともと映画にカメオ出演しているオマー・アポロのために書いた曲だった。彼のキャラがバーで歌う設定で、トーチソング風の曲が必要だった。でもそのシーンは結局カットされてしまった。
何か月も経ってから、ルカが“あの曲をエンドクレジットで使えないか”と提案してきたんだが、“その曲は別のムード用に書かれたから合わないと思う。だったら新しく書こう”と提案した。映画が終わった瞬間に観客が何を感じるか、その“余韻”がすごく大事だと思っていたから。
その直後、ルカから“バロウズの最後の手記を手に入れたんだけど、これを歌詞にできないか?”というメールが来たんだ。最初は“ムリだ、歌になるわけがない”と思った。でも週末にインスピレーションが湧いて、映画に使わなかったスコアの素材にバロウズの言葉をのせて編集していったら、すごく手応えのある曲ができた。仮で俺が歌ったデモを送ったら、ルカが“これだ!”って。
でも俺が歌うつもりはなかったので、“カエターノみたいな声があれば…”と話していたら、“じゃあ本人に頼んでみよう”ってことになって、数週間かけて実際に連絡を取った。幸運にも彼は乗り気で、リモートでレコーディングしてくれて、あの仕上がりになったんだ。ルカは彼の声が映画に完璧に合っていると感じていた。
アティカス「ルカから送られてきたバロウズの最後の手記――愛についての思索だったんだけど――それを見た時、“これを曲にするのは無理だろう”と思った。でも、トレントが仕上げた曲は、本当に感情に響くもので、映画のラストをしっかり着地させてくれたと思う」
こちらが曲。
トレントらが書いたオマー・アポロの曲
サントラはこちら。
https://youtube.com/playlist?list=PLRW80bBvVD3VQNlKaMzE1jnSKRkZQ9Be_&si=VnXy7MEtk3uozaEJ
映画で使われる曲:
All Apologies performed by Sinéad O’Connor
Sin Ti performed by Trío Los Panchos
Mi Corazon performed by Rafael Mendez and His Orchestra
Muchos Besos performed by Martin Y Malena
Come as You Are performed by Nirvana
Darktown Strutters Ball performed by Benny Goodman
La Malaguena
Para Que Mentir performed by Lydia Mendoza
Begin the Beguine performed by The Bill Danzeisen Big Band Orchestra
Yes Sir, That’s My Baby performed by Eddie Cantor
Marigold performed by Nirvana
17 Days (Piano & A Microphone 1983 Version) performed by Prince
Y Andale performed by Capitan Chinaco Y Sus Guerrilleros, Polvorita and Trio Las Provincianas
Roses of Picardy performed by Frankie Laine
Perdido performed by Charlie Parker, Dizzy Gillespie, Bud Powell, Max Roach and Charles Mingus
Sui Ghiacciai performed by Verdena
Do I Worry? performed by The Ink Spots
Leave Me Alone performed by New Order
Riders In The Sky (A Cowboy Legend) performed by Vaughn Monroe and His Orchestra
Musicology performed by Prince
Vaster Than Empires performed by Caetano Veloso, Trent Reznor and Atticus Ross