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    今週の一枚 さよなら、また今度ね

    今週の一枚 さよなら、また今度ね

    さよなら、また今度ね
    『夕方ヘアースタイル』



    〈踏切に注文しました〉と歌っていたさよなら、また今度ね(以下、さよ今)が、
    〈恋をするとお腹がポカポカするの〉と歌うようになった。
    この進化がすべてだ。
     新世代ロック・バンドの中では若干異端児としてここまで来たさよ今が、このミニアルバムからスパッとポップに加速し始めた。
    エッジは少しも鈍ってない。突き抜けたのだ。
    こっそり好かれているバンドから、堂々と新世代バンド勢の第一線を狙えるバンドへと進化した。

     
    そもそもさよ今がなぜ異端児だったかというと、曲と歌詞の威力が異常に強いにもかかわらず、ややこしいへなちょこポップバンドの体でお客を煙に巻いていたからだ。
    まあそのギャップと掴みづらさこそがさよ今の魅力でもあったのだが、やっぱり広くには伝わりづらい。

    狂ったように全力で〈踏切に注文しました〉と歌われても、
    「うん、わかるような気がする、踏切に注文するその気持。言われてみれば、俺、心の中でこっそり踏切に注文してるわ、叶わない妄想や夢を…やっぱさよ今、天才かも!」
    みたいなややこしい文学的な共感のプロセスを好む少数派にしか届かないが、
    この爆発するようなストレートなポップ・サウンドで〈恋をするとお腹がポカポカするの〉と歌われたら、
    ややこしい派から小学生にまでなんだか伝わりそうである。

    その「なんだか伝わりそう」な感覚のままポーンとつき放す感じがフレッシュで素晴らしい。
    でも実は「恋をするとお腹がポカポカするの」という表現は、今まで誰も言ったことのない、それこそ矢野顕子級の天才的フレーズなのだ。
    今回のミニアルバムで、ほんとうに良い形で菅原の才能が360°解放されたのがわかる。

     

    誰も歌っていないメロディーと誰も言っていない一言で世界をまるごと掴みたい、
    という天才芸術家のような表現衝動を菅原は持っている。
    そしてそれを生み出す才能をたしかに彼は持っている。

    さんざん「ミルクアイス」や「本能寺の変」や「マリオ」「ピーチ姫」「クッパ」といった一見他愛もないキッチュなワードをツイッター言語感覚で綴っているように見せながら、
    実は一つ一つに魔法のような説得力がある。
    それは、
    〈これは独り言じゃないんだ 夜空や空気や物事がそう言っているんだ〉
    という歌詞にあるような、菅原の強い表現者としての意志とヴィジョンがあるからだ。

    これからさよ今の世界のポップな爆発が始まる。
    山崎洋一郎の「総編集長日記」の最新記事
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