今週の一枚 THE BACK HORN 『あなたが待ってる』

今週の一枚 THE BACK HORN 『あなたが待ってる』

今作の表題曲“あなたが待ってる”に関する「歌詞は菅波栄純と宇多田ヒカルの共作」、「編曲とプロデュースはTHE BACK HORNと宇多田ヒカルの共同名義」、さらに「宇多田ヒカル自身もピアノ&バックグラウンドボーカルで参加」という事前情報を目の当たりにした人たちの「?」が、リリースと同時にひとつひとつ「!」に置き換わっていく様が、リスナーのリアクションからもつぶさに伝わってくる。

単純に「THE BACK HORNに宇多田ヒカルがゲスト参加」でもなく「宇多田プロデュースの土俵にTHE BACK HORNが乗っかる」のでもなく、5人がひとつのプロジェクトとして言葉と音を丹念に磨き上げたことが伝わってくる“あなたが待ってる”。
宇多田ヒカルの4thアルバム『ULTRA BLUE』(2006年)収録曲“One Night Magic feat. Yamada Masashi”に山田将司が参加したことをきっかけとして、制作当時は宇多田とバンドとの交流もあったそうだが、“あなたが待ってる”を作曲した栄純の「将司と一緒に宇多田ヒカルの歌声が聴こえた」というイマジネーション、それを受けてピアノ&コーラス参加のみならず作詞・編曲・プロデュースまで全面参加するに至った宇多田ヒカルの決断、ピアノやストリングスを擁しつつ「引きの美学」を具現化した空間構成のアンサンブル……といった要素のどれひとつ欠けても、この楽曲の透徹した美しさは成立し得なかった。

長く活動を続けているアーティストほど、「この人はこういう音楽を鳴らす人だ」、「こういう活動をする人だ」というリスナーの固定観念によって選択肢が狭められるケースも少なくない。
あるいは、自ら積み上げてきたキャリアそのものが、知らず知らずのうちにアーティスト自身の「その先」の方向性を規定する、という罠も潜んでいる。
そんな中で、THE BACK HORNと宇多田ヒカルはいともしなやかに「5人で鳴らす楽曲とメロディ」に身を委ね、それによってどちらのキャリアにとってもまったく新しい果実を手にするに至っている。

「今まで何を鳴らしてきたか」ではなく「今この瞬間に何を鳴らすか」に己の存在を託した5人の、鮮やかなまでのミュージシャンシップと表現者の矜持が結晶した名曲だ。(高橋智樹)
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