今週の一枚 ナイン・インチ・ネイルズ『バッド・ウィッチ』
2018.06.25 19:16
ナイン・インチ・ネイルズ
『バッド・ウィッチ』
6月22日(金)発売
『アッド・ヴァイオレンス』完成時にトレント・レズナーにインタビューした際、「最近のロックは、イノベイティブな意味ではヒップホップに負けているし、危険な感じもしなければ、セクシーでもなくなってしまった」と嘆いていた。しかし、2016年に発表した『ノット・ジ・アクチュアル・イベンツ』、2017年の『アッド・ヴァイオレンス』に続く三部作の完結版となるこの『バッド・ウィッチ』で、ナイン・インチ・ネイルズはその嘆きの全てを炸裂させたかのようだ。NINの過去のサウンドから完全に解放されたかのようなこの作品は、2018年にロックはこう進化できるんだと叩き付けるような衝撃の内容なのだ。
すでに行ったインタビューでトレント自身が語っていたのだが、「パブリック・イメージ(・リミテッド)から、ザ・サイケデリック・ファーズ、ギャング・オブ・フォー、ノー・ウェーブなど古いサウンドに影響を受けて作った」という今作には、パンク・ロック的な荒々しさ、暴力性、危険さ、そして何より衝動がむき出しになっている。しかし“Shit Mirror”や“Ahead of Ourselves”のようなディストーションで最後まで突き進むわけではなく、“God Break Down the Door”などではデヴィッド・ボウイの『★(ブラックスター)』の続編かと思うようなエレクロ・ジャズで、狂ったようなドラムや、トレントが久しぶりに吹いたというサックスが入り乱れるジャンル不明の未開地へ突入していく。
さらに、6曲中2曲はインストという大胆さで、実験的、かつ野心的な試みまで挑戦。それがまるで2018年のロックどころか、未知の、未来のロック・サウンドを鳴らしているかのように響く。しかも1曲ずつ切り離して聴くと言うよりも、トレントが先にコメントしていたようにアルバム全体として「旅に出る」ような作品。当初は30分という長さに戸惑うファンもいたようだが、今となってはカニエ・ウェストが次々に発売した新作も、ビヨンセとジェイ・Zによる新作も20~30分台で、彼がいかに時代の流れを読めていたかも証明。それが実験的でありながらも決して独りよがりではない絶妙なバランスのサウンドにも表れている。
NINは、これまでも世紀末的な情景は描いてきたが、ここで描く世界は、「本来何でもできたはずなのに/俺達はこんなものを作り上げてしまった」というアメリカの行き着いた現在の位置を示している。しかも、三部作の共通したテーマである「真実」を探す旅の終わりとなるこの作品で、「ここには答えはない」と気付き、「俺はここの世界の人間じゃない」という絶望と苛立ちに直面する。さらには、それでいて「俺は何度も何度もここに来てしまったみたいだ」と、人間の愚かさにも気付くのだ。それはまるで、デヴィッド・リンチの迷宮に入り込んだようでもあり、またはざらついたSF世界に迷い込んだような悲観的な世界の提示でもある。今のアメリカへの怒りの果てに辿り着いた答えのない答えが、この作品の核なのだ。
トランプ政権のアメリカに対する怒りが、今作の大きな動機になっているのは間違いない。それがなければ、アッティカス・ロスとともにオスカーも受賞し、映画のサントラなどを手がけることで、彼の音楽的な欲求は新たな場所で満たされていたはずだと思うのだ。しかしNINでなければ、この史上最悪と言える矛盾だらけの世界と対峙できなかったのだろう。 トレントは、ボウイから学んだことは「恐れのなさ」だと語っていた。この作品で彼は、正にその意志を継ぎ、体現している。だから、デビュー作から間もなく30年というNINが、しかし今しかないというタイミングで全く新しい音を鳴らしている。史上最悪の世界に恐れなく立ち向かい、これまでになかったNINが開陳している。NINがロックを救う、とまでは言わないが、奇跡的にして、生まれるべくして生まれた作品だ。(中村明美)