今週の一枚 ハイム『サムシング・トゥ・テル・ユー』

今週の一枚 ハイム『サムシング・トゥ・テル・ユー』

ハイム
『サムシング・トゥ・テル・ユー』
7月7日発売

ハイムのようなバンドがセカンド・アルバムを作るとしたら、恐らくこの『サムシング・トゥ・テル・ユー』のような一作に仕上げることが正解なのだと思う。ハイムのようなバンドとはつまり、3姉妹ならではの阿吽の呼吸を最大限に活用し、いくつかの調整や思考、迂回のプロセスをすっ飛ばして自然体で鳴らせてしまう、歌えてしまうグループのことで、彼女たちのデビュー・アルバム『デイズ・アー・ゴーン』はまさにそういうアルバムだった。
そして4年ぶりのニュー・アルバムとなる『サムシング・トゥ・テル・ユー』は、4年もの歳月を必要としたのも納得できる、まさにいくつかの調整や思考、迂回のプロセスを経て生み出されたアルバムだったのではないだろうか。

最初のレコーディング・セッションは結局お蔵入りになったというから、本作が完成までに紆余曲折を経た労作であるのは間違いない。そうして完成した本作は、先行シングルでもあったオープナーの“Want You Back”を筆頭に、ハイムのサウンド・スタイル、軽快に弾むウェストコースト・ポップやちょいサイケなソフト・ロック、ニューウェイブな80Sオマージュといったもの自体には大きな変化はない。しかし、本作の触感、耳を撫でていくサウンドのテクスチャーは前作から大きく変わっている。



3姉妹が「ハッ!」、「アッ!」とひっきりなしに合いの手を入れながらパーカシッヴに、時によりパンキッシュに弾ませていくビート、そのビートによってカットアップされ、ローファイ加工で再度継ぎ接ぎされた旋律のあちこちに空いたブランクが曲全体のヌケの良さを生み出していく、『デイズ・アー・ゴーン』時代のハイムをハイムたらしめていたものは、むしろそんなヌケ部分、音が鳴っていない瞬間を図る「間合い」の絶妙なセンスだった。翻って本作は、音の鳴り自体を徹底的にブラッシュアップし、様々なテクスチャーを幾重にも重ねていったことで、マチュアで贅沢なリスニング体験を生んでいるアルバムなのだ。

映画『エイミー、エイミー、エイミー! こじらせシングルライフの抜け出し方』のサントラとして書かれた“Little of Your Love”の分厚いコーラスやホーンを模したアレンジといった、過剰一歩手前の本作のプロダクションは、前作からの続投となったアリエル・リヒトシェイドに加え、ヴァンパイア・ウィークエンド脱退後、ソロ・ワークと平行してプロデューサーとしても大活躍中のロスタム・バトマングリが参加しているのも要因の一つだろう。

また、TLCを彷彿させる“Ready for You”のコーラス・ワークや、クインシー・ジョーンズ〜マイケル・ジャクソンのスムースなソウル・ポップを思わせる“You Never Knew”を筆頭に、メインストリームのR&Bに嫌みなくリーチしたナンバーも目立つ。ちなみに“You Never Knew”はブラッド・オレンジのデヴ・ハインズとの共作曲だ。

『パープル・レイン』期のプリンスのようなギター・ソロが最高の“Kept Me Crying”や、ストリングスとゴスペル・コーラスを配した“Found It in Silence”も注目のナンバーで、改めてスカスカの骨格にぴっちり無駄なく身が詰め込まれたアルバムであることが分かるだろう。そのぶん『デイズ・アー・ゴーン』の楽曲にあった、アクシデンタルで気ままな足取りで跳ねるエリアは減っている。

たとえばかつてのザ・キラーズのように、セカンド・アルバムでThe 1975が成し遂げたように、本作のその音楽的な充実を足かせではなく、さらに大きなステージを満たすカラフルなバラエティであると彼女たち自身が確信できた時、ブレイクスルーは起こるはずだ。(粉川しの)
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