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    今週の一枚 トム・ヨーク『Tomorrow's Modern Boxes』

    今週の一枚 トム・ヨーク『Tomorrow's Modern Boxes』

    トム・ヨーク
    『Tomorrow's Modern Boxes』
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    突如配信リリースされたトム・ヨークのソロ2作目。
    8曲入りの短めのアルバムで、レディオヘッドやアトムス・フォー・ピースに比べるとラフなデモ音源のように聴こえる。

    そういう意味ではソロ前作『ジ・イレイザー』と似た感触だが、意味合いはかなり違う。
    『ジ・イレイザー』は文字通りトム・ヨークが自分のアイデアと頭に鳴っているメロをデモ音源的にレコーディングしたものだったが、
    今回はきっちりと狙いがあってこのミニマルでラフ(に聴こえる)音像にしたのだろう。
    リズムボックスのようなチープでレンジの狭いリズムトラック、中音域でくぐもったピアノ、
    エンベロープの立ち上がりが長いリバースタイプのふわーんとしたシンセの音、リバーブのかかったトムのヴォーカルなど、
    これまでレディオヘッドも含めてトム・ヨークがナイジェル・ゴドリッチと追求してきた緻密で微細で鋭利なエレクトロニック・サウンドとは大きく違って、
    あえて強いアタック感を排除してローファイでビット数が低く聴こえるような音像を狙っているのは明らか。

    そうした音像を使って、ここ10年で出来上がった「レディオヘッド耳」「エレクトロニカ耳」の違う部分を刺激して、別種のハイファイ音像を脳内で生成するように聴き手に働きかけてくる。
    実際、70年代のクラスター、メービウス、イーノらのレコードがトム・ヨークのPCのハードディスクの中で息を吹き返したようなこの音像は、
    トーンと感触はかなり変わったにもかかわらずトムの頭の中そのものとして鳴っている。
    いや、これまでより以上に、トム・ヨークの頭の中に入り込んだ感覚になる。
    このラフに作りっぱなしにして放り出したような音の中にこそ、トム・ヨークの心象風景のコアのようなものが見える気がする。


    自分が作ったブレイン・ミュージックがアトムス・フォー・ピースによって肉体化される、という体験がトム・ヨークにとっては革命的なことだったのだと思う。
    『ジ・イレイザー』を作った時にはそれがわかっていなかったが、今作はそれがわかっていて、安心して純粋に自分の脳内音楽をそのまま記録すればよかったのだ。
    インナーへ、インナーへと潜って音をつかんでそれを記録すれば、
    後からアトムス・フォー・ピースという最強のアウトプット装置によって肉体化することができる。
    その自信と安心感が今のトムにはあるのだと思う。

    そうした吹っ切れたスタンスが、このラフにすら聴こえる無防備な音の感触とノスタルジックなメロに出ていると思う。
    これぞトム・ヨークのソロの世界といえる、非常に美しいアルバムだ。
    山崎洋一郎の「総編集長日記」の最新記事
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