今週の一枚 カニエ・ウェスト 『Ye』

今週の一枚 カニエ・ウェスト 『Ye』

カニエ・ウェスト
『Ye』
6月1日配信リリース


大作にして問題作となった『ザ・ライフ・オブ・パブロ』から2年、ついにカニエ・ウェストが動いた! その名も『Ye』。「Ye(イェ)」はカニエの愛称で、かつてはこれにJesusをかけて『イーザス(Yeezus)』というアルバムまでリリースしているわけだが、ここにきて「Ye」ということはつまり素の自分ということで、まさにそんな自分を晒す、あるいは向き合う内容になっている。

基本的にカニエの歩んできた道はジェイ・Zに見出された売れっ子プロデューサーから、時代を代表する表現者へと自身のエゴを徹底的に拡大再生産していく過程でもあった。その世界観が極まるところまで突き詰められたのが前作『ザ・ライフ・オブ・パブロ』だったわけだが、もちろん、それまでにこのアーティスト・エゴの拡大膨張路線から逸れることもあったわけで、それがたとえば、母親ドンダの死を受けた悲しみとメランコリアを形にしていった2008年の名作『808s & ハートブレイク』だった。

今回、カニエは明らかに同じような内省的なアプローチを辿っていて、それは『ザ・ライフ・オブ・パブロ』のリリース前後に経験した財務的な危機や、その後の2016年の入院騒動などの影響もあってのことなのだろう。いずれにしても、ひとつの危機を乗り越えていくというのがこの作品のテーマになっていて、その痛みをあけすけに、しかしどこまでもわかりやすい高揚感を伴うパフォーマンスへと昇華していくところが聴かせどころとなった、あまりにもカニエ的な作品となっている。

アルバムは憂いに満ちた調べで始まり、オープナーとなる"I Thought I About Killing You"は、まさに自身の自我の崩壊に直面していたことが発せられる曲となっている。このやるせない音に合わせてカニエは最初は朗読として独白を始め、果てしないほどの自己愛とそれゆえの自殺願望にさいなまれていたことを語ってみせる。その後、巧妙に鳴り出すビートに合わせてカニエのラップに突入していくが、精神状態が弱っていると自覚してからの心象が綴られながらも、自分の窮状を喜んで見物するような連中には絶対に負けない、という終盤の自負へと雪崩れ込む力業の流れになっている。

続く"Yikes"は"I Thought I About Killing You"のどこか病棟的なよそよそしさから、カニエならではのビートの勢いと艶っぽいメロディを取り戻していく曲になっているが、しかし、ここでもカニエの精神的に追い込まれた経験や薬物中毒に触れる内容になっている。さらにトランプ大統領への共感発言や奴隷制を是認するかのように誤解された発言などにより一般の黒人からも激しい批判を浴びた心境を吐露するものになっていて、とんでもない状況に自分を追いやる自分自身に驚いてしまうと明かしてみせる。

しかし、重要なのはこの曲のエンディングで双極性障害にかかっていることも明らかにしていること。これまでの自身のあまりにも過剰な自己愛や自己鼓舞はそのせいであったともいわんばかりに、これは障害ではなく、自分にとっては超能力なのだと宣言してみせている。

なお、今回のジャケットには「I hate being Bi-Polar it’s awesome(双極性にはうんざりするよ/これがまたすごいんだ)」という、一見すると相反しているようなフレーズも手書きの文字で印刷されている。これはまさにこの曲で宣言された、双極性障害を障害とは捉えない気分をそのまま表したもの。これが今回、カニエが向き合っているものなのだ。

これに続いて、過去の自身の女性との行動原理を振り返る"All Mine"を披露しつつ、このアルバムで今回見つめ直してみた、自分のような存在にどこまでも寄り添ってくれる妻のキムへの思いを吐露する"Would’nt Leave"がある意味でこのアルバムの核心ともなる曲だ。特にカニエの度重なる問題発言の数々に錯乱するキムの姿が生々しく綴られていくユーモアと、そんなキムへの深い感謝がどこまでも温かいリズムとラップに込められていて素晴らしい。

"No Mistakes"は今話題のドレイクとプシャ・Tとの確執に絡んで、ドレイクに矛先が向けられていると思わせる曲。行きがかり上反目し合っているけど愛はあるよ、というメッセージで、トラックは本作で最もわかりやすいカニエ節になっている。基本的に、「俺の立場的にいっても本気では反目し合えないよ」という内容になっている。

最終曲"Violent Crimes"は自分を見つめ直して行き着いた境地であり、娘の父親となった今はもはや、かつてのようなやんちゃはできないと因果応報を怖れる曲。かつてさんざん女性を乱暴に扱った自分がいざ父親になってみると、いずれ娘たちに乱暴を働くかもしれない男子の登場に恐れおののくという内容で、自分の変節と現実の怖さを同時に歌い上げる曲となっている。

アルバムは全7曲、計24分強と短く思えるかもしれないが、テーマ的に簡潔で素晴らしい内容だ。実は今回、カニエはワイオミング州の山(ジャケット写真の山)の中に山籠もりしながら音を制作しているが、ここに多数のアーティストが集結して音源制作に参加したことも伝えられている。

たとえば、カニエが全曲プロデュースし、刺激的なトラック満載のプシャ・Tの新作『DAYTONA』もここで制作したものだし、今月リリース予定のキッド・カディの新作もまた同じで、さらにカニエによるナズの新作も予定されている。ある意味で、これらの連作の一環として考えればこの長さで順当だともいえるはずだ。それに、『808s & ハートブレイク』から『マイ・ビューティフル・ダーク・ツイステッド・ファンタジー』にかけてハワイで制作していた精力的な時期を彷彿ともさせ、これからの活動がますます楽しみである。 (高見展)

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