今週の一枚 デペッシュ・モード 『スピリット』
2017.03.20 07:00
デペッシュ・モード
『スピリット』
3月22日(水)発売
前作『デルタ・マシーン』は移籍第一弾アルバムであり、新天地での心機一転ということも関係していたのか、デペッシュ・モードのキャリアを自ら再現・再訪し、反復するかのような作品だったが、4年ぶりの新作となる本作は、もっとストレートにデペッシュ・モードらしさが押し出されたアルバムとなっている。過去3作のベン・ヒリアーとのコラボレーションに一区切りをつけ、今回プロデュースを担当したのはシミアン・モバイル・ディスコのジェイムス・フォード。2000年代半ばのエレクトロ・シーン、シンセ・ポップ・ブームを牽引したシミアンのフォードが、そのオリジネイターであるデペッシュ・モードの作品に参加するというのは納得のコラボだろう。
ただし、本作はフォードがデペッシュ・モードに現代化を促した作品というわけではない。そもそも、無機質なインダストリアル・サウンドとストリングスで繋がれるシアトリカルな間奏や、クラシック、ブルーズ等の有機的な旋律を交配させていく、『ヴァイオレーター』で確立されたデペッシュ・サウンドは今なおまったく古びていないし、現代化する必要はないからだ。本作はそんな『ヴァイオレーター』的な彼らの王道に加えて、『サウンズ・オブ・ザ・ユニヴァース』以降のサウンド・バラエティの柔軟路線をも踏襲した、定番にして最新の正しきデペッシュ・モードのアルバムといった趣だ。なお、中盤から後半にかけてマーティン・ゴアのナンバーとデイヴ・ガーンのナンバーが混在しているのだが、2人の作家性のギャップを埋め、橋渡しし、アルバムに統一感を与えているのは、フォードのデペッシュ・モードへの愛と客観性の賜物かもしれない。
定番にして最新のデペッシュ・モード作であるこの『スピリット』だが、特筆すべきは本作が彼らとしては異例のメッセージ性の強いアルバムになっている点だ。デイヴは先のアメリカ大統領選の経緯や、その結果がアメリカ社会にもたらした作用に大きな衝撃を受けたことが本作に影響したと語っている。ギリギリまで抑制を効かせたダークなエレクトロ・チューンとして幕を開け、後半にかけてスタジアム・バンドである彼らに相応しいダイナミックな展開を見せていくファースト・シングルの“Where’s the Revolution”では、そのサビで「革命はどこだ? / さあ人々よ / あなたたちは僕を失望させている(Where's the revolution? / Come on, people /You're letting me down)」と歌われる。デペッシュ・モードがここまで直接的なポリティカル・メッセージを楽曲に込めたことは、過去に例がないんじゃないだろうか。そしてこの直接性、切迫したメッセージ性が、彼らのトレード・マークであるダークでメランコリックなエレクトロ・サウンド、調和と不和の間を縫うような独特の緊張感と相乗効果を生んでいるのだ。
そんな、本作の直接性、メッセージ性において改めてフォーカスされるのがデイヴ・ガーンというヴォーカリストの声の説得力だろう。たとえば“So Much Love”でデイヴが「Love」とひとこと発声した瞬間、そこには電子音の檻の中から強烈なエレガンスとブルーズが溢れ出すわけで、エレクトロニック・サウンドの表層と相反するデペッシュ・モードの作品のナラティヴな奥行きは、デイヴの声があの旋律に乗ってこそだとつくづく思う。
アートワーク全般を手掛けているのはもちろん本作もアントン・コービン。5月からは本作を引っさげての「The Global Spirit Tour」と銘打たれた大規模なワールド・ツアーが始まる。こと来日の困難度の面では最強ボスキャラとなってしまっているデペッシュ・モードだが、今度こそなんとかアジアへ、そして日本へのツアー到達を期待したいところ。(粉川しの)