今週の一枚 FKAツイッグス『M3LL155X(メリッサ)』
2015.08.24 07:00
FKAツイッグス
『M3LL155X(メリッサ)』
配信中
先月末のフジロックでは、今年初頭の単独公演をはるかに上回る衝撃的なパフォーマンスを披露したFKAツイッグス。もうすぐ発売の『rockin' on』誌10月号でライヴ評を書かせてもらったが、その興奮がさめやらぬ中、突如ニューEP『M3LL155X(メリッサ)』がiTunes Storeなどで配信リリースされた。フジロックでも披露した“Figure 8”“In Time”“Glass & Patron”を含む全5曲。同時にEP収録曲のうち4曲のMVを編集した16分以上にも及ぶショート・フィルムもユーチューブ上に公開している。いずれもFKAツイッグス自身が監督したものだ。
既に発表済だった“Glass & Patron”のMVでは大きなお腹を抱えた妊婦に扮して驚かせた彼女だが、今回の“I'm Your Doll”ではいきなり自らダッチワイフ(セックス・ドール)になって登場したのだから腰を抜かした。この人のアーティストとしての意識は、やはり他の凡百とはまったく違うと思わされる。自分をアイドルよろしく飾り立て美しく可愛くセクシーに見せることなどにまるで関心がない。自らのアート表現を完遂するために、自分自身の声、容姿、肉体すべてを駒として使い切ることにまったくためらいがない。そうした姿勢はビョークにも通じるものだが、FKAツイッグスはさらにディープに過激に「女性である自分」を追求する。その苛烈な表現意思は男どものえげつない欲望と妄想の対象である自らの肉体をも露悪的にさらけ出さずにはいられないのだ。
今回の作品は、女性の力やエネルギーをテーマにしたと彼女自身が説明している。そこでは当然セックスというテーマは避けて通れないし、ビデオの中では妊娠し出産するシーン(かなり抽象化されているが)まで演じてみせた。彼女は妊娠・出産が女性に苦しみや苦痛をもたらすと同時に、生の希望と創造と解放に直接的に結び付くことを知っている。つまり今作は彼女なりの女性賛歌であり、ポジティヴな生命賛歌である。自らのアート創造のプロセスは、自らの女性性の確認なのだと言いたいのかもしれない。
『M3LL155X』では、アルバム『LP1』にも参加していたティック、サイ・アンのほか、ビヨンセのコラボレーターとして知られるブーツも楽曲制作に加わっている。その音世界はさらに研ぎ澄まされ、声はゆらゆらと空間に漂っている。
『rockin' on』誌10月号にも書いたが、彼女の表現は、共有も参加もできない「体験」である。歌とダンスとサウンドと照明が完璧に一体化したパフォーマンスを、観客はただ呆然と見守るしかない。徹底的に作り込まれたキメキメのパフォーマンス・アートは、誰にも真似できないし、しようとも思えないだろう。その意味で彼女は従来の意味でのポップ・アイコンから大きく逸脱している。だがそんな彼女がフジロックのホワイトステージに1万人以上もの超満員の観客を集めたのは、彼女によってポップの定義が塗り替えられようとしている証拠なのかもしれない。『M3LL155X』は、その最新の成果なのだ。(小野島大)