今週の一枚 エイサップ・ロッキー 『アット・ロング・ラスト・エイサップ』
2015.06.01 19:25
エイサップ・ロッキー
『アット・ロング・ラスト・エイサップ』
デジタル配信中
6月17日(水)国内盤発売
西海岸のケンドリック・ラマーと並び、東海岸のA$AP ROCKYの新作は今年最も期待されるヒップホップ・アルバムの1枚だった。NYハーレム出身のA$AP ROCKYは2011年にミックステープ『Live. Love. ASAP』を出した時、一瞬で世界にセンセーションを巻き起こし、メジャー・レーベルからは即座に300万ドル(約3億円)の契約が舞い込んだ。ベイビーフェイスでルックスが良く、カニエ・ウェストほど主張せずとも自然にリック・オーウェンスやラフ・シモンズなどとも友達となり、ハイファッションでトレンドを牽引するセンスがあり、今はウェス・アンダーソンの『グランド・ブタペスト・ホテル』に夢中で、自ら『DOPE』というインディ映画にも出演しサンダンス映画祭に出席。しかも、何よりずば抜けたカリスマ性がある彼は、ヒップホップ界のみに留まらない破格の才能として、“クール”を象徴するトレンドセッターとなった。それゆえに新たな視点でヒップホップシーンを前進させる先鋭として大きく注目されたのだ。
期待の中発売されたデビュー・アルバム『Long.Live.ASAP』は当然、全米1位の大成功を収めたが、今振り返れば、例えばSkrillexの参加にも表れているように、よりメインストリームであることが意識された作品であり、ミックステープの”Peso”、“Purple Swag”など、スローバーニングでロックシーンとはまた違う、他に例を見ない彼独自のドリーミーなヒップホップサウンドからは遠ざかった作品となった。それはビルボード誌を始め、彼の最近のインタビューを読んでも本人が認めているところで、「前作では不安で、無意識のうちにメインストリームであることを考えていた。それが出来るんだと世界にのみならず、自分に対しても証明できたから、今回は本当に好きなことをやって良いと思えた」。だから、今作はミックステープから直結する彼らしさが全開した作品となった。ヒューストンに代表される超スロウテンポに切り刻まれた、いわゆるチョップド&スクリュードなリミックスを取り入れたビートが特徴的で、”LSD“という曲もあるくらいで、本人もまったく隠していないが、超ドラッギーなサウンドが思う存分堪能できる。さらに、ヒューストン、Three 6 Mafia、ボルティモアのクラブミュージックなど伝統のヒップホップの知識とそのずば抜けたラップスキルが随所に垣間見られる作品でありつつ、実は、今作を作るにあたり、トム・ヨーク、マッシヴ・アタック、ポーティスヘッドに、キンクス、ストゥージズ、とりわけ、T.レックスの『電気の武者』を聴きまくり、さらにテーム・インパラなども好きという、正に今時のネットキッズ的な音楽の聴き方をしながら、そこから何を選び抜き、今をどう表現しようとするのかに、彼の才能が活かされている。結果辿り着いたのは、未来へ押し進めるようなサイケデリック・サウンドだ。
前作では、いかにもな感じでゲストが大量に出演していたが、今作ではカニエが参加した曲でさえ、カニエがA$APの世界観へどっぷりと浸かった彼らしくないスロウでドープなラップを披露。リル・ウェインに、M.I.A.やマーク・ロンソン、ミゲル、ロッド・スチュワートのリミックスから、ブラック・キーズのダン・オーバックに、パブロ・ディラン(ボブ・ディランの孫)など豪華な面子が参加しているが、ファーストのようにそのせいで全方向に向かうこともなく、サイケデリックの世界観がとにかく深く一貫して展開。空気感や気分を表現する大胆な作品となっている。彼のテイストの形成には欠かせない、最近ドラッグ過剰摂取で亡くなってしまったA$AP YUMのプロデュース力があることも間違いないし、デンジャー・マウスとも良いケミストリーを生み出している。
常に意識はその靄の中を彷徨いながら、例えば、”LSD”では「『愛している』という方法を探している/でもラブソングを作っているわけじゃないんだ/ベイビー、俺はLSDについてラップしているんだ」と言っているように、または、M.I.A.も参加の“Fine Whine”では、「最悪なのは俺だ/だから君はハートブロークン」とラップするように、すべてはハイを目指しながらも、なぜかそこへ辿り着けない。意識の靄の中で、どこまで行けるのかを確認しながら、自分を見失わないように、エッジを失わないように彷徨い、浮遊している。それはロックシーンで流行のサイケデリックとも違うし、ヒップホップ界にもなかったいつまでも浸かっていたい中毒性のあるサウンド。アシッドをキメてやりまくったことや、リタ・オラを中傷するラップなど、目覚めてみると悪夢に思える、または快感とも言えるのか、どちらへ向かうのか分からない彼の今を刻みつつ、キッズの心境を代弁する今作は、ファッショナブルで、クールなだけじゃない、A$APの本当の実力を刻む作品となった。