今週の一枚 サンダーキャット『ドランク』
2017.02.23 21:31
サンダーキャット
『ドランク』
2月24日(金)発売
ケンドリック・ラマーの『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』の圧倒的なファンクネスに大きく寄与したベーシスト、サンダーキャットのサード・ソロ『ドランク』がリリースされるが、これがまた独特な叙情性と異才ぶりの両面をこれでもかとばかりにみせつける圧倒的な作品になっている。
たとえば、『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』ではその強力なベースラインが注目され、超絶的な演奏能力を持ったミュージシャンとして一躍脚光をあびることになったわけだが、実はサンダーキャットの音楽性については、ソングライティングとそのピッチの高い歌やヴォーカル・アレンジにも大きな魅力があって、彼のあまりにも多彩な才能の全体像がようやくしっかり受け止められる機会になったと言ってもいい。
もともとエリカ・バドゥらのセッション・ミュージシャンとして知られるようになり、その超絶的なテクニックについては知られていたが、ベーシストというよりはむしろソングライター / アーティストとしてそのオールラウンドな才能に早くから着目していたのはフライング・ロータスで、自らの作品にサンダーキャットを参加させるとともにサンダーキャットのファースト『ザ・ゴールデン・エイジ・オブ・アポカリプス』以来、プロデューサーを請け負うことになってきた。しかし、なかなか超絶ベーシストという見方以外で注目されない状況に、本人よりもフライング・ロータスの方が苛立ちを隠せない状況が続き、自分やフランク・オーシャンばかりが取り沙汰されていっこうにサンダーキャットが評価されない状態が情けないともこぼしていた。そうした意味で、サンダーキャットがあからさまな活躍を見せたケンドリックの『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』の大成功は大きなきっかけとなったはずだし、ようやくサンダーキャットの才能の全体性が受け入れられる下準備が揃ったと言えるわけなのだ。
それに今作『ドランク』はサンダーキャットの音楽世界を提示するという意味でもこれまでで最も明解な作品に仕上がってもいるので、まさに機は熟したという作品なのだ。サンダーキャットの場合、13年の『アポカリプス』以来、一貫してある種の喪失感をあまりにも見事な叙情性と完璧な演奏で形にしてきたのだが、ややもするとちょっとハイセンスになりがちだった作風が15年のEP『ザ・ビヨンド / ホエア・ザ・ジャイアンツ・ローム』でかなり直球だが洗練されたものへと昇華されたのが印象的だった。特にサンダーキャットが一番得意とするヴォーカルとコーラスのアレンジがベックの“Chemtrails”のようなやるせない情感までたたえるようになったのがあまりにも衝撃的だった。実際、このEPはハービー・ハンコックまで参加してジャズ的な作品としても評価されたところがあったが、むしろサンダーキャットの楽曲とアレンジとがかなりわかりやすいものへと進化したのが最大の魅力となっていたし、そんな意味でも今回の新作は満を持しての力作なのだ。
とはいえ最も魅力的となっているのは、これまで通り、どこまでも甘いヴォーカルワークと強烈なベース演奏の不思議な共存で、のっけから“Uh Uh”の超絶ベース・ソロ・パフォーマンスから“Bus in These Streets”のあまりにもポップでリリカルで、なおかつノスタルジックな世界へと雪崩れ込むドラスティックな連続技はのけぞりものの気持ちよさを伴う展開となっている。
また特徴的で際立ったベース演奏をそうとは感じさせず、切ない情感を歌い上げながら音としても紡ぎ出していく“A Fan Mail”など、サンダーキャットの楽曲世界がついにここに極まったという素晴らしい出来になっているのだ。その一方でサンダーキャットの音の手触りとして80年前後のR&Bやブラック・ミュージックの柔らかい質感を彷彿とさせてきたのが個人的にもかねてから大きな魅力ともなっていたのだが、これが今回もかなり強調されている。特にそれが極まっているのがマイケル・マグドナルドとケニー・ロギンズが客演する“Show You the Way”だ。かつてアメリカ版の最強ブルー・アイド・ソウルとも目され、その後は時代遅れなAORとして敬遠されがちだったこのふたりの楽曲に昔からとても憧れていたと説明するサンダーキャットの感性に明らかに新しいものを加えている。それはシャッフル・プレイリスト的な感性とも言えるだろうし、子供の頃から家で鳴っていたものを自分の感性として打ち出していくことを臆さなかったという感性でもある。いずれにしてもブラック・ミュージックのここ数十年の歴史を大きく捉え直した感性が猛烈な演奏スキルとともに登場したという意味で、サンダーキャットの世界はとても喜ばしいものなのだ。それにただ懐古的なところは少しもなく、ケンドリックが客演する“Walk on By”の洗練と新しさなどは逆にこの人の作品でなければ絶対に聴けないものなのだ。(高見展)