自作曲の比重が高まったアルバム『BONE BORN BOMB』リリースに、1万2千人を動員した初の日本武道館公演、そしてCOUNTDOWN JAPAN 25/26でのカウントダウンアクト出演。多様な表現のフィールドで自身のいろんな面を見せながら、楽曲やライブで核心を差し出す──華やかな露出の多さゆえにあのちゃんをキャラクターのように捉える人もいるかもしれないが、その裏側にあるのは、孤独と向き合いながら表現を研ぎ澄ましていくアーティストとしての姿だ。初の日本武道館公演でファンに告げた「絶対大丈夫」、COUNTDOWN JAPANで放った「絶対いい年になる」という言葉には、世間の消費に晒されながらも信念を曲げなかった人間が持つ、生身の説得力が宿っていた。
そんなanoが2026年最初に放つ一打が、TVアニメ『TRIGUN STARGAZE』のオープニングテーマ“ピカレスクヒーロー”。PaleduskのDAIDAIが手がけたメタルを軸とするミクスチャーサウンドの中で、覚悟に満ちた言葉と鋭利なスクリームが交錯する、新たなフェーズを告げる楽曲だ。2025年を駆け抜けた先で、あのは何を信じ、何を壊し、どこへ向かおうとしているのか。その答えは、音楽の中にある。
インタビュー=畑雄介 撮影=横山マサト
──音楽活動がすごく充実した1年だったのかなと思うんですけど、2025年はanoさんにとってどんな年でした?知らない人の言葉を見るより、自分の目で見る、自分の体で感じることを増やしていきたい。孤独でいることでも、世界と繋がっていられることを僕は知ってるから
音楽に関して、今まではやってきたことがスカスカッと抜けていく感覚がたまにあったんですけど、2025年は点と点が繋がって、曲が届いて、音楽でしっかり地に足がつく感覚が全体的にありました。武道館をやったのもあって、この一瞬のために今までやってきたみたいな感覚が多かったです。自分で作詞作曲をやる曲が増えて──そうじゃない曲に対してもですけど、自分の楽曲に心の底から愛情を感じられるようになったのも大きかったかなって。
──2025年は自身が作詞作曲された“ハッピーラッキーチャッピー”が多くの人に届きましたよね。不登校の経験があるanoさんが、『24時間テレビ48』でフリースクールを訪れたあとでこの曲を歌唱されたのには私も心打たれましたし、曲が人に届く実感が増えた年だったのかなと。
ほんとにそうだと思います。誰かにちゃんと届いてることが目に見えてわかったし、それによって曲により愛着が湧くし、それが武道館に繋がってたし。アーティストとしてのこれからの自分にもすごくパワーになったと思いますね。ファンの方はもちろん、ファンじゃない方にも届いたのがすごく嬉しかったです。
──その一方で、「あんまりいい年じゃなかった」と仰っているのも読んだのですが、それはまたどうしてでしょう?
音楽とかライブに関してはすごくよかったと思うんですけど、このご時世だから世間も殺伐としてて、すごく悪意を向けられた1年だったなって。世の中に悪意があるものが多くて、自分もそこに対して包容力とか愛情を持つことがあんまりできなかった。ファンの方からはもちろん愛情を受け取ったりしてるけど、裏切られることもあって、なんも信用ができなかったなって。だから、自分だけを信用するしかなくて──それさえもたまに揺らぐくらい、2025年は生きることが難しかったです。
世の中に触れてなきゃいけない仕事だけど、心の本当の奥ではまったく触れたくないって思ってて、でも日々は止まらないから、現実とやらなきゃいけないこととの振り幅がすごくて、きつくて。でも、だからこそ音楽だったりライブが輝いてたとも思います。
ネット社会の世代だし、芸能界にもいるとなると、世の中に触れておかないとなんもできなくなっちゃう気がしたんです。ただ、そう思ったのは2025年までの僕であって、2026年はそういうのもやめようかなって、2025年末くらいに思って──世の中にずっと接続してると頭がおかしくなりそうだから。
なんか、言ったもん勝ち、獲ったもん勝ちみたいな世の中だから、自己開示していかないと世間に置いていかれるなと思ってるんですよね。ほんとは「ここまで見せる必要がないのに」と思うことも見せないと仕事が成り立たなくて。でも、自分は本来そういうことがしたいわけじゃなかった。だから本(『哲学なんていらない哲学』)を書いて、もう誰にも知られたくないみたいな感覚になってる。2026年はとにかくあんま知られたくない、人とも会いたくないみたいな感じ。もちろん必要最低限のことはしたいんですけど、必要以上にしないといけないのは2025年までだったのかなと思って。世間と接続してたい気持ちもなくはないですけど、知らない人の言葉を見るより、自分の目で見る、自分の体で感じることを増やしていきたい。孤独でいることでも、世界と繋がっていられることを僕は知ってるから。
──そういう状況の中でも、2025年9月3日の初の日本武道館公演「呪いをかけて、まぼろしをといて。」では、音楽を通して人と繋がった実感があったんじゃないでしょうか?「絶対大丈夫」って、武道館の客席をブワーッと見渡した時に思ったんですよね。「これだけかっこいい君たちがここにいる」、その事実だけで大丈夫な気がして
武道館に立ってる時は僕と1万2千人とで純粋に音楽を楽しめた、ほんとにいい時間でした。それだけの人がライブを観たいと思って来てくれたことがほんとに嬉しくて──「あのちゃんのライブに行く」って、ファッション的なものにならないと思うんです。「このアーティストのライブに行ったら自分がセンスあると思われる」とか「このアーティストの音楽を聴いてる自分、イケてるよね」みたいなプラスアルファがまったくないぶん、ライブに足を運ぶのはハードルが高いと思うんですけど、それでもあのちゃんの音楽が好きで、ライブに行きたいと思ってくれてる人たちの信念が眩しすぎたし、かっこよくて、それにすごく心やられました。360°お客さんに囲まれてたからこそ、それをダイレクトに感じれたし。
──“AIDA”のパフォーマンスが特に印象に残っていて。まさに《正義も犠牲も交うこんな世界》の中で、anoさんが《確かなこの僕》という《愛》を届け続けてきたからこそ、武道館に立つことだってできる、《何だってできるよ》というのを身ひとつで体現されているように感じました。anoさんも、歌い終えたあとで晴れやかな笑顔を見せられていて。
世間にもファンの方にもわかりやすい言葉を送ってるわけじゃなくて、愚かな姿も見せながら、いろんな場所で戦い続けることが自分の愛だと思ってるから、“AIDA”を歌ってる時は毎回自分でも心が震えるんですけど、武道館ではそれを受け取ろうとしてくれるみんなの眼差しが特にすごくて。「しんどいけど頑張ろうね」という感じより、「こんな世界でよくこうやって生きてきたね」ってみんなを讃えたくなる前向きな気持ちが大きくて、それで笑顔だったのかなと思います。
ほんとに《暗い部屋の中》(“SWEETSIDE SUICIDE”)ひとりで曲を作ってた自分が、『タコピー』でいろんな人に届く曲が作れたのは想像してなかった未来だったので、感慨深さもありましたし、このパートは自分との戦いもありましたね。
学校のセットというのもあって、昔の自分が舞い降りてきた感じがあって。学生時代──この世界に入ってからもですけど、いっぱいあった嫌なことに対する悔しさとか怒り、悲しみ、寂しさ、そういうのを乗り移ったかのように全部吐き出していけた。過去の自分が「ひとりじゃないよ」って言ってくれてる気持ちでやってました。嘘っぽく聞こえるけど、ほんとに自分ともうひとりの自分が重なった感じがしてて。
──アンコール前のMCで「生きてきてくれて、ここまで来てくれて、本当にありがとう。これからは絶対大丈夫です」と仰っていましたけど、それはファンの皆さんに向けた言葉でありつつ、まさにご自身にもそう仰っているように感じたんですよね。
「絶対大丈夫」って無責任な言葉でもあると思うんですけど、客席をブワーッと見渡した時になんかそう思ったんです。「これだけかっこいい君たちがここにいる」っていう、その事実だけで大丈夫な気がして。「もっといろんな景色を見せたい」ってファンの方に数年前から言ってたんですけど、日本武道館で間違いなくそれを1個見せれたなと思うし、この先ももっと「ついてきてよかった」って思わせたいなって。
口だけにならないような自分になろうって思って駆け抜けたその先がまだあって、そんな自分が大丈夫だなと思ったんです。「大丈夫」って自分に言い聞かせてきたけど、他人に言われることはなかったから、自分で自分に言ってあげた感覚もあったし、今ここにいる人たちにもそんな僕がいるから大丈夫だって思ってました。
しっかり言えるようになったのは2025年からだったと思います。言葉は誰でも言えるっちゃ言えるから、昔から「説得力ないでしょ」って自分で思っちゃって、グッと押さえたり、SNSで言うのはやめておこうって思ったりしてて。ライブでも「今の自分がこれ言ってもいいかな」って思うと、言葉に失礼だなみたいな感覚になっちゃって言わなかったんですけど、ようやく言えるようになりましたね。