※2022/11/22 更新
①悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)
《やがて誰かと 恋におちても/胸に残る言葉は 消えないままに/泣くのはやめて 愛しい女性(ひと)よ/君のことを今も 忘れられない》KUWATA BANDで約1年限定の活動を経てきた桑田佳祐が、1987年10月6日にソロデビューを飾ったシングル曲。取り上げたのは2コーラス目にあたる歌詞で、終わりゆく恋のヒリヒリとした余韻を、軽快なモータウンポップの曲調の中で弾けさせるように歌い込んでいる。タイトルどおりの悲しいラブソングである。サザンオールスターズという表現装置の活動休止中に、「ただの一人の男」として歌ったこの曲は、オリコン週間2位(それまでのサザンのヒット曲も最高2位)を記録。ロック/ポップスターであることを堂々証明する代表曲となった。『MVP』には新規制作ビデオが収録される。
②祭りのあと
《底無しの海に 沈めた愛もある/酔い潰れて夜更けに独り/月明りのWindow/悲しみの果てに おぼえた歌もある/胸に残る祭りのあとで 花火は燃え尽きた》2度目のソロシーズン、アルバム『孤独の太陽』の直後となる1994年10月31日にリリースされたシングル。オーガニックで豊穣なバンドサウンド(この時期の特徴だ)に支えられたミドルテンポのナンバーであり、たっぷりと哀愁を含ませながらも粋な筆致で綴られた、季節感漂う失恋ソングになっている。シングル曲ということもあってか、言葉の抑揚と物語の抑揚、ブルージーに映える節回しがピタリと一致して伝わる、ポップソングの教科書と呼ぶべき歌詞である。桑田ソロ作品としては初めて、TVドラマ(『静かなるドン』)のテーマ曲にも起用された。
③波乗りジョニー
《君を守ってやるよと 神に誓った夜なのに/弱気な性(さが)と裏腹なままに 身体疼いてる》“祭りのあと”に続く通算6作目のシングルだが、7年弱の歳月を経て2001年7月4日にリリース。原由子のピアノリフから賑々しく展開するナンバーだ。ここで引用したブリッジ部分の歌詞では、波に揺れるように不安定な恋心と、その先にある高揚感の予兆を巧みに汲み取っている。ライブの場では、オーディエンスが一斉に手拍子を打ち鳴らして壮観な光景を生み出す箇所でもある。この後に続くサビの、アップテンポに小気味よく弾ける歌詞も含め、全編が日本語で綴られた。MVは、ユーモラスなドラマ仕立てでCG合成も活かした作品に。
④東京
《東京は雨降り/何故 冷たく頬を濡らす/父よ母よ虚しい人生よ》華やかなポップチューンとなった前年の“波乗りジョニー”や“白い恋人達”から一転、重厚なピアノブギーで鳴らされる歌謡テイストのシングルであり、2002年6月26日にリリース。レトロなサスペンスドラマ風のMVもさることながら、桑田の音楽の情景喚起力が目一杯引き出されている。音楽を映像的な物語として膨らませることで、歌詞の方も強烈な悲哀が立ち上る情緒的な作風となった。『ROCK AND ROLL HERO』、そしてベスト盤『TOP OF THE POPS』へと向かう時期に、シングル3作連続でオリコンの週間シングルチャート1位を記録(初の1位は1993年の“真夜中のダンディー”)。
⑤明日晴れるかな
《Oh,baby.Smile baby./その生命(いのち)は永遠じゃない/誰もがひとりひとり胸の中で/そっと囁いているよ/「明日(あした)晴れるかな…」/遙か空の下》サザン『キラーストリート』の時期を経て、2007年5月16日にリリースされたシングル曲。引用したのは最終コーラスの歌詞だ。《「明日(あした)晴れるかな…」》の部分は児童の合唱によって歌われており、ライブではオーディエンスの歌声を誘う。哀しい独白のようでありながら、人々が胸の内に秘めた、日々の生活に押し潰されてしまいそうな情熱に向けてじっくりと語りかけ、最後にこのフレーズを導き出す。桑田のポップマエストロたる手腕が発揮された、珠玉のナンバーである。TVドラマ『プロポーズ大作戦』主題歌だが、同シングルの収録曲3曲にタイアップが付いたことも話題に。
⑥ヨシ子さん
《R&Bって何だよ、兄ちゃん(Dear Friend)?/HIPHOPっての教(おせ)えてよ もう一度(Refrain)/オッサンそういうの疎いのよ 妙に/なんやかんや言うても演歌は良いな》ソロデビュー30周年へと向かおうとする2016年6月29日、約3年ぶりにリリースされたシングルの表題曲。60歳になった桑田が現代ポップミュージックを彩るさまざまなワードを掲げ、時代に置き去りにされてしまう感覚を愚痴っぽくユーモラスに綴っているのだが、誰よりも先鋭的かつ幻惑的な無国籍グルーヴを鳴らすことで、トップランナーであることを証明する意地と執念の1曲になった。同年に他界したデヴィッド・ボウイについても触れられている。ライブにおいては、ステージパフォーマンス含め混沌としたエネルギーで触れる者を圧倒し、得も言われぬ余韻を残してゆく。
⑦大河の一滴
《逢わせて 咲かせて 夢よもう一度/渇いた心に命与えて/酔わせて イカせて ダメよもう二度と/野暮な躊躇(ためら)いも今はただ/ラケルの横道に埋めました》シングル『ヨシ子さん』のカップリング曲であり、2017年のアルバム『がらくた』にも収録された。谷=渋谷を流れる雑踏を河に見立て、青春時代の情熱と官能に思いを馳せるダンスチューンだ。桑田は青山学院大学在籍時にサザンを結成しており、近隣のオムレツ・オムライス専門店《ラケル》や《御岳神社》といったフレーズが鍵となって記憶を掘り起こしている。アップテンポなラテンのリズムで歌詞が躍動し、ただ感傷を誘うというよりも熱く生々しいエネルギーが迸るナンバーだが、最終フレーズの《黒の円熟が薫りました》で残酷な時の流れを捉えてしまうさまがまた凄い。
⑧“SMILE〜晴れ渡る空のように〜”
《愛情に満ちた神の魔法も/気まぐれな運命(さだめ)にも/心折れないで/でなきゃモテないじゃん!!/素晴らしき哉 Your Smile(あなたの笑顔)/あなたがいて I'm So Proud(私の誇り)/愛しい友への歌》東京2020オリンピック・パラリンピックに向けた民放共同企画「一緒にやろう」応援ソングとして書き下ろされた楽曲。連帯のテーマを背景に、互いに尊敬の念を抱きながら切磋琢磨する競技者たちや、それを陰で支える人々にもスポットライトを当て、《気まぐれな運命(さだめ)》=さまざまな災害に見舞われてきた人々へのエールにもなっている点が重要だ。コロナ禍のオリンピック・パラリンピック開催延期に伴い、この曲はむしろ人々の分断の時代に抗うようにその輝きを増していった。
⑨“時代遅れのRock'n'Roll Band feat. 佐野元春、世良公則、Char、野口五郎”
《One Day Someday/いつの間にか/ドラマみたいに時代は変わったよ/目の前の出来事を/共に受け止めて/歌え Rock'n'Roll Band!!》さながら伝説的スーパーバンドのトラヴェリング・ウィルベリーズのように、第一線で活躍する同学年アーティストたちが結集。急ピッチで楽曲やMVが制作・公開され、世間の度肝を抜いた。時代風潮の移り変わりを積極的に描く桑田流アイロニーがタイトルからして全開だが、それを理解し承諾した参加アーティストたちも懐が深い。次世代を担う子どもたちに手渡すべき平和。そんな強い願いを込める一方、「ソロだからこそできること」を逆手に取ったベテランロッカーとしての意地と矜持が話題性を掴まえる痛快な一曲となった。
⑩“なぎさホテル”
《いつの日にか この地球が/終わるとしても/あの日の海辺で 待ってるよ/沖合いの白いヨットが/ひとりで今日も風に揺れる》2022年リリースのベストアルバム『いつも何処かで』を締め括るように配置された楽曲。タイトルは神奈川県逗子市に実在した名門ホテルの名称であり、また伊集院静が発表した自伝的エッセイと同タイトルでもある。現代型サウンドのメロウなサーフポップは時空を柔らかく歪ませるように響き、回想と現実が交差する愛の歌が伝う。《ひとりで今日も風に揺れ》ている《沖合いの白いヨット》とは、他でもなく主人公の色褪せない記憶であり、現実を生きる孤独な心だ。一見素朴な言葉選びから立ちのぼる強烈なリリシズムはまさに達人級。すべての孤独に一撃でリーチする桑田ポップの真骨頂である。
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