※2021/03/10 更新
①No More Dream
「おい、お前の夢は何だ?」。これがデビュー曲である“No More Dream”における歌い出し、もっと言えば彼らの第一声である。ダークな風貌の彼らが90年代の空気が漂うヒップホップミュージックに乗せたメッセージは、夢に対して若者が抱いた反発だった。他人に言われて描いた夢なんて自分の道でも夢でもない、自分で進みたい道は自分で選ぶことができる、いや、選ぶべきだと彼らは歌った。これは彼らにしか扱うことのできない「夢についての唄」である。「Rap Monster」の略であるステージネームそのままの実力を持つRM、低音ボイスで巧みにリリックを操るグループのプロデューサー的存在のSUGA、ダンスとラップの両翼が光るJ-HOPE、この3人のラップラインが中心となって進んでいく“No More Dream”から始まったのは、グループ名に込められた「10代20代が受ける社会的偏見と抑圧を防ぎ、自分たちと自分たちの音楽を守り抜くために戦う」という雄大な物語に他ならない。②Let Me Know
夢、幸せ、愛について歌った「学校3部作」と呼ばれる作品群を経て成長した姿が描かれたのが、グループにとって初のフルアルバムとなった『DARK & WILD』。この“Let Me Know”には、これまでのような荒々しいリリックも、“N.O”や“상남자(Boy In Luv)”で見せつけた息の揃った郡舞も皆無。R&Bの要素も取り込まれた静かな旋律のなかで歌われるのは、昇華できずじまいの過去への未練である。その未練というピリオドのつくことのない複雑な感情を歌い繋ぐ、V、JUNG KOOK、JIN、JIMINのボーカルラインはどこまでも繊細。最後の最後に響き渡るJIMINのハイトーンは、張り裂ける想いを体現化したものだろう。以降、活動初期のバラードを代表する一曲である“Let Me Know”のような、流麗なメロディラインを持った系譜的作品が生まれていく。③I NEED U
2015年春にリリースされたこの曲が「学校3部作」に続く「花様年華」と名付けられた新シリーズの始まりであり、BTSにとってはターニングポイントでもある。これまでのオールドスクール的な、もっと言えば「ヒップホップアイドル」としてのイメージとは全く違う。使われる単語とメロディの美しさが際立ったサウンドは、人生で最も美しい瞬間を意味する「花様年華」にぴったりだった。大人と子どものちょうど境界に当時立っていた7人が歌ったのは、人間が本来持っている必然的な寂しさと不安が入り混じった感情。Vの歌う「ごめんね/愛してる/許してくれ」という言葉にRMが《I hate u》と重ねるヴァースは、その象徴と言っていいだろう。欠落を抱えた少年たちが互いの傷を舐め合うのではなく、互いの歪みを受け入れていくという「花様年華」のストーリーは、リアルな彼らの延長のようでもあったのだ。そこに共感が芽生え、瞬く間に彼らの名は大きくなった。グループの特徴とも言えるストーリー性に富んだMVの数々で繰り広げられる壮大かつ壮絶な物語も、この曲から始まっている。④불타오르네(Fire)
「花様年華」シリーズの完結編に位置付けられるアルバム『花様年華 YOUNG FOREVER』のタイトル曲。序盤のSUGAの《불타오르네》(プルタオルネ=燃え上がれ)という言葉がトリガーの役割を成し、先ではEDMのド派手なビートと激しい群舞が絡み合っていく。リリックでは、リリース当時に主に若者の間で多くみられた、親の資産によって個人のランク付けをする考え・スプーン階級論にも言及。競争社会で勝つことだけが正義になりつつある世の中で、ただひとつ忘れてはいけないと言うようにして告げられる「好きなように生きていけよ どうせお前のものなんだから」、「努力もやめて 負けても大丈夫」とのメッセージは、“No More Dream”で歌われていたこととも重なる。デビューから約3年経っても、グループ名に刻まれた信念は折れることなく、太く7人のど真ん中を貫いていたのである。⑤DNA
青春の日々で喜怒哀楽を繰り返す少年たちの苦悩と葛藤のストーリー「WINGS」シリーズを経て、「本当の愛は自分を愛することから始まる」といった主題を持って放たれた「LOVE YOURSELF」シリーズの1作目『LOVE YOURSELF 承 'HER'』のタイトル曲である“DNA”。軽やかな口笛(MVではJUNG KOOKが口笛を吹いている)をスタートに描かれるのは、「運命を見つけた2人だから」という歌詞の通り「僕」と「君」の2人のことだ。「君」と出逢ったのは宇宙が生まれた瞬間から決まっていたかのごとく必然であったのではないかと歌われる箇所は、一聴すると恋愛としての愛がテーマのようにも思えるが、BTSの7人が出逢ったことの奇跡が歌われているような気がしてならない。もしそうだとして、「君」が自分以外の6人を示すとしたら、「永遠に一緒だから」という言葉は、どんな言葉よりもBTSの関係性を表すのに相応しいと思うのだ。⑥FAKE LOVE
『LOVE YOURSELF 轉 'TEAR'』では、未来的なアングルで愛を捉えていた前作とは真逆の起承転結の「転」にあたるストーリーが展開される。この“FAKE LOVE”=偽りの愛とは、相手に注ぐ愛そのものがフェイクであるということではなく、相手に好かれようとする自分自身の存在こそがフェイクだということ。君のことを想っている自分は自分ではない――相手のためだと思って埋めた自分の声も、相手のためだと思って仮面で隠した自分の顔も、ほんとうは聞いてほしい声で、見てほしい顔だったのだという悲痛が“FAKE LOVE”には綴られている。特に、サビに差し掛かると同時に黒い感情を爆発させるJIMINの表現力には圧倒されるのみ。ラストのJINとJUNG KOOKによる歌と五体の掛け合いから浮かび上がるのは、陰湿的なものとはまた違う、自分を守るために自分さえも手放したという喪失感が伴う悲しみだ。
⑦IDOL
韓国の国楽を基盤に、アフリカンなビートをはじめとした多国的なエッセンスがちりばめられたサウンドが大きな特徴である“IDOL”。この多様性と、序盤に勢いよくJ-HOPEが放つリリック「俺は自由だ」が相まって、解放感は増していく。「LOVE YOURSELF」シリーズを通して一番に彼らが伝えたかったのは、先述の通り「本当の愛は自分を愛することから始まる」ということ。それを伝えるために歌ってきた彼らもまた、リリースを重ねて自分自身を愛することを学んだのだ。多くの人々へ夢を見せながらも、その存在に嘘はない。アイドルである彼らが“IDOL”と冠された音楽を手にし、《You can’t stop me lovin’ myself》と口にするのを見れば、「アイドルである」ということ自体が7人にとっては息をすることと等価であることがよく分かるはずだ。ぜひ『LOVE YOURSELF 結 'ANSWER'』のトラックリスト通りに“Answer : Love Myself”と続けて聴いてほしい。そこに彼らがBTSであり続ける答えがある。⑧작은 것들을 위한 시(Boy With Luv)(Feat.Halsey)
ユング心理学の入門書と同題の「MAP OF THE SOUL」と名付けられた新シリーズの始まりに贈られ、ホールジーをフィーチャリングした“Boy With Luv(Feat. Halsey)”は、BTSの名を更に大きくした楽曲と言って差し支えないだろう。2014年にリリースされた“상남자(Boy In Luv)”(原題は、男の中の男/男前を意味する言葉)で愛の意味を模索していた彼らが、長年の月日を過ごして“Boy With Luv”の名が与えられた曲を歌ったわけだ。愛は誰の近くにでもある最も普遍的な感情なのに、音楽というジャンルにおいては古の時代を経てある種神聖化されてしまったものである。しかし、この曲には過去の失恋も未来への不安も一切ない。あるのは、愛よりも単純明快で誰にでも理解することのできる「好き」の感情だけ。モチーフとなったユング心理学に沿って考えれば、BTSが目一杯の「好き」を込めて手渡してくれたこの曲は、聴き手が困難に遭遇したときに賢者の矛にだって盾にだってなり得る可能性を秘めているのだと思う。カル群舞がグループの強みのひとつでもあるなかで、MVやステージで彼らはピタリと揃ったダンスではなく、それぞれにしか踊れない動きを魅せながら、自然な表情を浮かべる。それは、「In Luv」が「With Luv」になったという成長の果てにしか存在しない愛を持った、等身大のBTSである。
⑨ON
メンバー自身が「デビューからの7年間を振り返る、自分達の本音のようなアルバム」だと語った『MAP OF THE SOUL : 7』のタイトル曲。曲名は、2013年リリースの『O!RUL8,2?』収録の楽曲“N.O”の文字を反転させたものだ。“Boy With Luv”のポップな色彩とは異なった、様々な色が混在した雄大なサウンドストーリーと、これまでの7年間をリフレクションするような文字の羅列。そこに連なるのは、“No More Dream”でデビューした彼らが無闇に「10代20代が受ける社会的偏見と抑圧を防ぎ、自分たちと自分たちの音楽を守り抜くために戦う」のではなく、歳を重ねる段階をもって、偏見や抑圧さえも歩むべき道だったと受け入れる背中である。そのうえで出した「自分たちと自分たちの音楽を守り抜くために戦う」という変わらない決意が、《Find me and I’m gonna bleed with》と帰結するのだ。戦うのは7人だけでなく、聴き手である我々も一緒である。必死にイコールで繋ぎ止めていた「7人の少年」と「7人のアイドル」と「音の先にいる人々」は確かに今ひとつになって、「BTS」の名が付いた殻をも割って孵化した。これこそがBTSの真実を語る一曲だ。
⑩Dynamite
2月には9曲目にピックアップした“ON”を収めたアルバム『MAP OF THE SOUL : 7』でカムバック。その後にはワールドツアーを開催する、はずであった彼らの2020年。カムバックから間もなく新型コロナウイルスの蔓延が本格化し、予定されていたワールドツアーはすべて白紙になってしまった。そんな行く末の見えないパンデミックの渦中で過ごす我々のもとに届けられたのが、この“Dynamite”である。再生ボタンを押して鳴るのは、楽しげに奏でられるディスコポップ、そしてMVを流して映るのは明るい空の下で踊るメンバーの姿――そのなかで彼らは《Day or night the sky’s alight/So we dance to the break of dawn》(昼も夜も空は眩しい/だから僕らは踊るよ 夜が明けるまで)と歌う。明けない夜はないけれど、どんなに強がっていても独りでは闘えない夜はある。そのうえで彼らが紡ぎ、届けてくれたのは、独りで強くなるための音楽ではなく、明日をみんなで待つための音楽だと思うのだ。なお、“Dynamite”を通して彼らが成し遂げた記録については、以下の記事をどうぞ。