※2021年10月13日 更新
①SWEET TWEET
初の全国流通盤となる1stミニアルバム『ラブとピースは君の中』の収録曲。遠く離れた街に住む「君」に想いを寄せる「僕」の、「君」との電話の時間についての心情が綴られている。電話でしか「君」の声を聞けないからか、「僕」は恋しすぎて「君」が《笑うときだけいつもの声より二音半あがる》ことに気付いてしまうほど。それ以外にも《愛する君の声はメロディ》など、主人公がミュージシャンであると感じさせるところも、聴き手の心をくすぐるポイントだろう。ミッドテンポの四つ打ちと軽やかなカッティングやクラップが、恋する気持ちのときめきやキュートさを上品に表現した楽曲だ。間奏が2展開あるなど、当時から演奏面へのこだわりの高さも窺える。②異端なスター
3rdミニアルバム『レポート』収録曲。ヒゲダンはこの作品から演奏のグルーヴやボーカルの節回し・譜割りなどリズム面が格段に洗練され、ポップネスはそのままによりダイナミックでソウルフルなアプローチを繰り広げるようになる。ブラスとバンドサウンドが融合し、間奏では藤原の見事なフェイクも迫力を生む同曲は、タイトルからもわかるとおり不器用な人間を鼓舞する。事なかれ主義の生き方に疑問を提示し、自分らしい人生を送ろうとする呼びかけは、会社員経験を持ちながらもバンドマンへの道へと舵を切った彼らが歌うからこその説得力だ。人間の歩くスピードと同じくらいのテンポ感にも「等身大でいこう」という意味が込められているように感じるのは、深読みだろうか。③Tell Me Baby
配信EP『LADY』のc/w曲であり、1stフルアルバム『エスカパレード』収録曲。2018年1月に放送された『関ジャム 完全燃SHOW』にて、音楽プロデューサー・蔦谷好位置が「2017年のベストソング10」の第2位に同曲をランクインさせたことも話題になった。ファンク/ディスコミュージックの要素が強く、一定のビートやコード感がループしていくことで心地よいグルーヴを生んでいる。アメリカのディスコチューンの方法論を高い純度でJ-POPへと落とし込むことに成功している最大の要因は、生演奏と打ち込みのハイブリッド感。2010年代の日本らしいハイファイなサウンド感は、これ以降の楽曲でも巧みに用いられている。④ノーダウト
1stフルアルバム『エスカパレード』収録曲であり、メジャーにてゲリラリリースされた1stシングル曲。当時インディーズアーティストながらに2018年4月クールのフジテレビ系月9ドラマ『コンフィデンスマンJP』の主題歌アーティストとして抜擢され、同作のために書き下ろしたこともブレイクの大きなきっかけとなった。ブルーノ・マーズなどに代表される2010年代ファンクサウンドと、そのメロディに日本語で韻を踏みまくるという小気味良さ。「欲望にまみれた人間たちから大金をだまし取る、痛快エンターテインメントコメディー」というドラマの性質を存分に生かしたソングライティングは、スマートながらにユーモアと人懐っこさを併せ持つバンド像を強く印象付けた。⑤115万キロのフィルム
1stフルアルバム『エスカパレード』の1曲目。《これから歌う曲の内容は僕の頭の中のこと/主演はもちろん君で/僕は助演で監督でカメラマン》という歌い出しで、一生の長さを115万キロの映画フィルムに例えて永遠の愛を歌うラブソング。同曲然り“コーヒーとシロップ”然り、ひとつ大きなモチーフを主軸に置いて物語を展開していく手法は藤原の十八番だ。普遍的なテーマを歌いつつも切り口が彼ならではゆえ、斬新に響いてくる。8ビートを基盤にしたやわらかいピアノポップサウンドと豊かなコーラスは初期のヒゲダンにも近いサウンドスケープ。ドラマチックながらに甘くなりすぎず気負わない雰囲気に、掛け替えのない当たり前の日常を鮮やかに色付けていくのがヒゲダンなのだと再確認させられる。⑥Stand By You
メジャーデビューから約半年でリリースされた2nd EP『Stand By You EP』の表題曲。藤原は「夏フェスでの景色やお客さんの声援がソングライティングに影響した」と語っており、ゴスペル的なハーモニーのシンガロングパートやクラップがシンボリックな楽曲だ。歌詞にはアーティストとしての意志や喜び、感謝が綴られており、バンドの規模が格段に大きくなったタイミングで人と人のつながりというミニマムな距離感を歌うところにも、バンドの人となりやメンタリティが感じられる。リリース以降瞬く間にフェスやライブでの最重要曲となり、2019年7月に開催されたバンドにとって初の日本武道館公演も同曲で、アンコールのラストを華々しく感動的に飾った。今後もバンドにとっての最重要曲のうちの1曲となるだろう。⑦Pretender
映画『コンフィデンスマンJP』の書き下ろし主題歌となった2ndシングル表題曲。映画の世界観に準じたソングライティングをするために、彼らのバックグラウンドにはなかったUKの要素を取り入れ制作された。リフレインと音の隙間を効果的に用いた、どこか淡々としたアンサンブルから生まれる浮遊感は、「君」を想う心はあれど《グッバイ》と告げ、愛しているとは告げぬとも《「君は綺麗だ」》と歌うという、複雑な心境を描いた歌詞をより強固に響かせる。重くなりすぎないのにじっくり浸れるという曖昧で絶妙な温度感はロマンチックで夢心地ながらにリアル。同曲のヒットは、どこか一方の感情にフォーカスして振り切った明快な楽曲が溢れた2010年代の音楽シーンの潮流が変わり始めていることも示唆させた。2019年を代表する1曲と言っても過言ではない。⑧宿命
2019年7月にリリースされたシングル表題曲。ゆったりとしたテンポに乗る高らかなホーンセクション、地を蹴るような堂々としたリズムセクション、雄大なメロディなど、逞しさだけでなく緊張をほどくような心地好さを感じさせるサウンドメイクだ。「2019 ABC 夏の高校野球応援ソング/『熱闘甲子園』テーマソング」ということもあり、《群青の空の下》や《泥だらけの笑顔》、《バッテリー》、《背番号》など、高校野球に関するワードが球児の姿を彷彿とさせる。だが歌詞で描かれているのは球児の心情だけにとどまらない。胸のうちに燃える情熱を直球かつ鮮やかに描く言葉たちは、日々を懸命に生きる人々の心のど真ん中に響いてくる。《ただ宿命ってやつをかざして 立ち向かうだけなんだ》という、成功を勝ち取った人間だけではなくすべての挑戦者を讃える精神こそ、彼らの真髄ではないだろうか。⑨I LOVE...
2020年2月にリリースされたシングル表題曲。「君」という人物に強烈に惹かれ、恋に落ちてから《I Love》の続きを伝えるまでの「僕」の心情を描いている。自分の常識を覆すほどに自分にないものを持っている人に惹かれるという、正反対の長所を持つ「君」と「僕」の物語。《完全に分かち合うより 曖昧に悩みながらも 認め合えたなら》と個々の持つ人間性を尊重するという思想は、現代社会を生き抜く様々な人々を置いていかないだけでなく、複雑な感情を音楽にしてきた彼らだからこそ説得力も格別だ。ラブソングというプラットホームでありつつも、多様性を受け入れるうえで大事なメンタリティを表現している。思わず口ずさんでしまうイントロのホーンセクションのキャッチーさ、生楽器とプログラミングを効果的に用いる洗練されたサウンドの作る、大仰になりすぎないドラマ性は、まさに《やけに優しい世界》を体現している。⑩Cry Baby
2021年5月リリースのデジタルシングル。TVアニメ『東京リベンジャーズ』の書き下ろし主題歌のため、タイトル、歌詞や曲のイメージにはタイアップ作品の世界観を想起させる要素が多々盛り込まれている。“Pretender”などに代表される通り、彼らはタイアップ作品の本質を掴み、印象的なシーンを音楽へと昇華し、それらを自らの音楽として着地させることに非常に長けている。海外のファンクやブラックミュージック、ロック、日本のポップスのテイストを取り入れた楽曲を実現させていることからも明確なように、バランス感覚に秀でているのだ。さらにそれだけではない。歌詞の持つメッセージに、より説得力を持たせて後押しするサウンドメイクには、キャッチーな遊び心がふんだんに盛り込まれている。物々しいイントロは戦うべき運命との対峙を思わせ、効果音では日々に存在する脅威をポップに表現。屈強かつ美しいメロディと豊潤なコーラスワークは、愛する人や自分の信念といった「大切なもの」への尊さを壮大かつ感傷的に描いている。なかでも最大のインパクトは転調。サビの《不安定な心》の歌詞になぞらえた箇所だけでなく、楽曲全体が巧みなそれで彩られる。その様子は過去と現在を行き来するタイアップ作品の性質を落とし込んでいるだけでなく、一喜一憂を抱えて現代を懸命に生きる人々の姿ともリンクする。困難の多い2020年代、傷だらけになり、よろめきながらも誇り高く生きる我々の肩を、力強く支えてくれるようだ。「寄り添う」よりもたくましく勇敢で、スタイリッシュなだけではない泥臭さ。凛々しくも汗や涙を感じさせるような人間味。それらこそ、このバンドが多くの人々の心を掴む所以ではないだろうか。
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