自分で歌う曲でも、他のアーティストに提供する曲でも、米津玄師の書く曲はそのどれもが先鋭的であり、核心的であり、濃度が異様に高い。米津の曲は今では多くの人に求められ、いわゆるタイアップ曲を手掛ける機会も増えてきたが、そういった制約の少ないカップリング曲では、使命感の鎧を脱いで創作へと向かう彼の姿を覗くことができる。
この記事ではこれまでフィジカルリリースされたシングルのカップリング曲から、中でもシングルの3曲目に収録されているものを紹介。それぞれの魅力に迫っていきたい。(蜂須賀ちなみ)
①笛吹けども踊らず/1stシングル『サンタマリア』
打ち込みのドラムに奇天烈な音を多数重ねた、千鳥足のダンスポップ。裏返る一歩手前みたいな声をわざと出していたり、ビブラート(というよりかはこぶしに近い)を効かせながら音程をずり上げたり、とボーカルもかなり個性的。また、2番Aメロの後半(《その後は》以降)はほとんど歌詞がなく、酔いがまわり、記憶が曖昧になっている様子が表現されている。酒を飲んだ翌日の酒焼けの声で歌録りも行ったという“クランベリーとパンケーキ”(『Lemon』カップリング曲)や、彼の飲み仲間がレコーディングに参加したという“爱丽丝”(『BOOTLEG』収録曲)と同様、「飲みに出かける」という行為が米津にとってインスピレーションの源になっていることが窺えるタイプの曲。
②鳥にでもなりたい/2ndシングル『MAD HEAD LOVE / ポッピンアパシー』
メジャーコードからメジャーコードへ向かう爽やかな転調、大らかで温かみのあるメロディ――とボーカルだけを切り取れば明るくも聴こえる曲だが、それを彩るサウンドがなかなか珍妙。特に、冒頭から続く調子の狂ったティンパニの音色と不協和音気味のリフは、一度聴いたら最後、なかなか頭から離れてくれない。歌詞に関しては、同じシングルに収録されている他の曲同様、一筋縄ではいかないラブソングという印象。恋と自意識、それらが自分の中で膨らむことによって生じる相手とのズレ、みたいなものがテーマになっている。
③ペトリコール/3rdシングル『Flowerwall』
ペトリコールとは、雨が降った時に地面から上がってくる匂いのこと。ゆらゆらとたゆたうような、エレクトロニカ的な音像が面白いこの曲は、米津曰く「音を組み合わせていくのに夢中になって、さらっと書いてさらっと曲にしたらこうなった」、「本当に、なんのフィルターも通っていない曲」。そのため、和の情緒を感じるメロディラインや、難読漢字を使用した歌詞など、確かに米津の手癖のようなものが随所に出てきているように思う。
④こころにくだもの/4thシングル『アンビリーバーズ』
童謡のような温かみと親しみやすさのあるこの曲は、米津が子どもの頃の思い出を掘り起こしながら書いた曲だという。《りんご レモン ぶどう メロン/いちご バナナ みかん キウイ》と果物の名称を羅列するサビがかなり特徴的であるためそこに着目してしまいがちだが、サビに至るまでの歌詞も絶妙である。たどたどしいピアノのメロディがもう聞こえなくなったことに、遠くへ引っ越してしまったあの子との別れを実感する僕。果物のみずみずしさを「涙を吸い込む」、「悲しみを食べる」と表現する感性は美しく独創的だ。
⑤amen/5thシングル『LOSER / ナンバーナイン』
幕張メッセでのワンマンライブ「米津玄師 2018 LIVE / Flamingo」や「米津玄師 2019 TOUR / 脊椎がオパールになる頃」ではライブのハイライトを担っていたため、そこでこの曲を知り、衝撃を覚えた人もいるのでは。『LOSER / ナンバーナイン』というシングルは、言ってしまえばこの曲がなくても十分成立する。しかしこのような曲を3曲目に収録するのが米津玄師なんだろうし、この曲の存在により、“Lemon”がヒットする以前から「祈り」が米津玄師にとって重要なモチーフだったのだということも読み取れる。「祈り」とは言い換えれば神にすがる行為であり、目の前の問題に対して手の施しようのなくなった者が最後の最後に選ぶ手段。仄暗い音像や全編にわたり二声でハモるボーカルは、極限状態に達した人間の姿を体現している。
⑥翡翠の狼/6thシングル『orion』
ゼロから何かを創造する、クリエイターとしての米津自身を直に投影した曲。「孤独」をテーマにした曲だが、あえて軽やかなサウンドに仕上げられている。1番の歌詞とそれ以降の歌詞を制作する間に1~2年の期間が空いたらしく、前後半の違いが米津自身の変化を映し出しているよう。それを踏まえて聴くと、《高めの崖を前にほら嘆く 誰かの力借りりゃ楽なのに》から《戦え誰にも知られぬまま それで自分を愛せるのならば》への変化、それから《どこまで行くのか決めてなんかないが/ひたすらあなたに会いたいだけ》から《この世で誰より綺麗なあなたに/愛しているよと伝えるまで》への変化にはグッとくるものがある。
⑦ゆめくいしょうじょ/7thシングル『ピースサイン』
ボカロP・ハチ名義の曲“沙上の夢喰い少女”を自身のボーカルで再構築。“沙上の夢喰い少女”はオルゴール調の音色を取り入れたアッパーチューンで、ボーカロイドの機械的な声質が曲をさらに切ないものにさせていた印象。一方、“ゆめくいしょうじょ”ではテンポとキーを変更。米津の声域を活かした、温かいミドルバラードへと変貌している。全体を通じて素のままのボーカルを堪能できるアレンジとなっているが、特に最後のサビは、米津の歌と彼がアコギのボディをタッチする音のみのアレンジ。「以前は自分の声が好きじゃなかった」、「理想に近づけるためにどうしたらいいかとずっと考えていたし、周りの音でそれを補っていた」と語っていた米津に、ボーカリストとしての意識が芽生えたことが伝わってくる。
⑧Paper Flower/8thシングル『Lemon』
「サビでベースを歪ませる」、「ハイハットを使わない(最終的に使っているが)」などトラックを作る時に自ら制約を課し、一人遊び的なノリで制作した曲。深夜の環七沿いをイメージして音作りを行ったとのことで、ループするコードが浮世離れした空気感を演出している。《私は未だにあなたへと/渡すブーケを作る陰気なデザイナー》というフレーズはどこか悲しく自虐的。端正な塔が崩壊していくように、次第にカオティックなサウンドに変化する終盤の展開も見物だ。
⑨ごめんね/9thシングル『Flamingo / TEENAGE RIOT』
ゲーム『UNDERTALE』のイメージソングを勝手に作る、という体で制作された曲。細かく掘り下げるとゲームのネタバレに繋がるためここでは大まかな解釈に留めるが、これまでも曲を通じて空想の世界・生物を描いてきた彼だからこそ綴れた、種を超えた友情の歌であるように思う。また、リリース当時、「ライブでやりたいなって思える曲ですね」と語っていた米津。特にサビのメロディは観客がシンガロングする光景が目に浮かぶようだし、実際、ライブではこの箇所でシンガロングを促している。そうして自発的に観客へ働きかけていく様子からは、当初ライブが苦手だと言っていた彼の変化が窺える。
⑩でしょましょ/10thシングル『馬と鹿』
凄惨な事件が起こった時に、SNS上で飛び交う声も同じくらい凄惨なものになってやしないか。自分の信じる「正義」に駆られて行動を起こした時、熱にあてられ、周りを見失ってやしないか。そんな視点から今の時代・社会の在りようを歌った曲であり、歌詞において「令和」の字を分解して配置している点からも、時代を歌うことに対する彼の自覚が読み取れる。不穏なコード進行や笑い声・叫び声のサンプリングが、《異常な世界》の成れの果ての、退廃的なムードを表現しているようだ。