① 最近のこと
《君の話じゃなくて 僕の話じゃなくて/言わなくてもわかれよ/今僕がしたいのは/二人の話なんだ》ミニアルバム『昨日になりたくて』収録の同曲で彼らの存在を知った身としても、この曲を聴いた時の無性に泣きたくなったあの感覚は忘れられない。椎木本人と当時の彼女との間にある、好き合う者同士だからこそ生まれる焦燥感や寂寥感。やるせなくて、けれどどうしようもなく愛おしい感情が随所に滲む楽曲の中で何度も繰り返されるこのフレーズは、簡単なようで難しいことだなと聴く度に思う。「僕」と「君」とが同じ温度で溶け合って境目が無くなった場所こそが「ふたり」と呼べる場所なのだろうけれど、「好き」という感情で密に繋がってはいても、人間はどう足掻いても別々の個体だ。言葉を介さなくても伝わってほしいという、相手を想うが故のもどかしさに思わず心が軋んでしまう。
② 彼氏として
《傍にいないようにすることで/近くにいられる魔法の距離感を君は探してたんだな/隠していたんだね/今更気付いた/今だから気付けた》1stシングル『だまれ』と1stフルアルバム『narimi』に収録されている“彼氏として”は、今もライブで度々披露されている楽曲だ。タイトル通り「彼氏」という立場だからこそ抱く彼女への疑念や、男だからこその本音が散りばめられたこの曲には、何度も心をぎゅっと掴まされた。相手を想うが故に本音を言えない彼女と、そんな彼女の性格を知りながらも大人になりきれず意地になってしまう彼氏。不安ならばずっと隣に居て、相手に触れてさえいれば心の中まで分かって安心できるのか?と言われればそういうものでもないのが恋愛の難儀なところだ。物理的にも心理的にも、いつだって丁度良い距離を手探りしている。適正距離を見つけた瞬間にはもう手遅れだったとしても。
③ アフターアワー
《僕ら最高速でいつだって/走れるわけじゃないんだって/いつかは止まってしまう日が来る/それでも僕は良しとして/靴紐を固く結ぶ/前を見たあの日》My Hair is Badにとって初となるフルアルバム『narimi』のオープニングを飾ったのは、疾走感漲る“アフターアワー”のこのフレーズだった。「始まりがあるならば、必ず終わりが訪れる」というのはひとつの真理だ。人はいつかは死んでしまうし、恋人との別れは訪れるし、バンドもいつ解散してしまうか分からない。その事実を憂い嘆くほど子供でもないが、だからといってスタミナを上手に配分して走れるほど大人でもない。誰もが終わりに向かって走っているのだとしても、それでも今、この瞬間に自分ができることはブレーキを踏まずに最高速で突っ走ることだけだ――バンドマンとして、ひとりの男として、My Hair is Badとして、これからの行動指針をはっきりと提示した瞬間だ。
④ ドラマみたいだ
《誰かに愛されて/誰かを愛している/何かに気付けなくて/何かを傷つけてる/それだけなんだ》『narimi』に収録されている“ドラマみたいだ”のこのフレーズを耳にした時、頭にふと浮かんだのは「油断」の一言だった。自分が愛し相手に愛されているという安心感は時として毒にも成り得るし、真偽を見定める目を盲目にすらさせる。相手からのヘルプサインを見て見ぬ振りをしても《でもそれでもなんだか大丈夫だって思ってた》という過信と君ならわざわざ言わなくても分かってくれるという甘え、その積み重ねのてっぺんに立って初めて分かる喪失感と怖さ。ドラマのような大どんでん返し的展開を夢見てしまうが、現実はドラマみたいになかなか上手くはいかない。自分が撒いた油断で足を滑らせてしまう前に、大切さを伝えなければと思わせてくれるフレーズだ。
⑤ 真赤
《ブラジャーのホックを外す時だけ/心の中までわかった気がした》2ndアルバム『woman’s』リリース時のオフィシャルインタビューにて椎木に「マイヘアの歌詞には一行目の美学を感じる」という旨の投げかけをした際、彼は「僕、視聴機とかYou Tubeとか、序盤でピンとこなかったらすぐ止めちゃうんですよ」と答えてくれたのだが、一言目に《ブラジャー》を置いた時には流石に驚いた。男女が裸で愛を確かめ合う行為の、しかも下着のホックを外すその瞬間にだけ垣間見える心の中。それですら《わかった気がした》なのだから、本当は分かっていないのかもしれない。とはいえ実際指先ひとつのその行為で本当に心中を察せるはずはないのだが、このフレーズひとつで、彼がどれだけ彼女を愛おしく思っているかが手に取るように伝わってくる。彼にとってはホックを外すというのは「作業」ではなく「慈しみ」のような行為だったのではないだろうか? そんな不器用な愛情が滲んで見える。
⑥ 悪い癖
《最後の最後は喫茶店/あの、六文字、が流れて/気付けばなぜか二人とも泣いていた》元彼女との当時の会話を主軸に、別れ話をした喫茶店でのピンと張り詰まった空気をも伝わってくる楽曲“悪い癖”。歌詞にある《六文字》とは、彼女が長い間伝えることのできなかった「さびしかった」の六文字で、最後の最後でやっと本心を伝えることができたその姿に我が身ごとのように胸を締め付けられたのは、これまでの楽曲を通してドキュメンタリー的にふたりの恋愛を追ってくることができたからだろう。「言いたかった言葉」と「言ってほしかった言葉」が共有できた瞬間が、よりによって最後の瞬間になってしまうのは聴き手としても心苦しいが、《気付けばなぜか二人とも泣いていた》のは、逆を返せば「気付かないうちに涙が出る程想い合えていた」という証なのだろうなと思う。互いに分かっていた《あの、六文字》に不器用なふたりのこれまでが詰まっているようでグッとくる。
⑦ 戦争を知らない大人たち
《優柔不断 迫られる決断/勇敢な勇者も 恋人に勝てない/テロが起こった日 飲み過ぎてゲロ/新聞に包まり 眠った子猫/眠れば なにも わからない/なにも 感じない》メジャー1stシングル『時代をあつめて』収録の“戦争を知らない大人たち”は、これまで紹介してきたような椎木個人の恋愛事情ではなく、「椎木の人生観や感性」がたっぷりと描かれた楽曲だ。これまでも恋愛に限らず椎木個人の想いを叙情的に表現した楽曲はあったが、ここまでどっぷりと己と向き合っている曲は今作が初めてで、My Hair is Badの新たな息吹を感じることができた楽曲だ。抜き出したフレーズから感じるのは、年齢を経ると同時に身に降りかかる社会的な焦り、強さの中に必ずある弱みと甘え、一日の終わりに訪れる「無」の時間。特に《テロが起こった日 飲み過ぎてゲロ》の部分は、世界と個人/危機と平穏/非日常と日常の対比を「テロとゲロ」の韻踏みで絶妙に表現していて、驚きと共に感動した。椎木の描写力の豊かさと鋭さを垣間見ることのできる珠玉のフレーズだ。
⑧ 接吻とフレンド
《君の掌で踊る 君の掌で踊る/踊らされてるんじゃない/ただもっと上手に踊りたい》2ndアルバム『woman’s』に収録されている“接吻とフレンド”は、彼女の部屋で留守番をしながら彼女の帰りを待っている時の状況と心境を描いた楽曲。「掌の上で転がされる」という表現はよく聞くが、ここでは「踊る」という表現を用いている。彼女の手中で彼女の思うままに「転がされる」のでも「踊らされている」のでもなく、自分の意志で「踊っている」のだという男の意地を感じるフレーズ。けれどあくまでステージは彼女の掌の上であるし、立場を逆転させて自分が相手を踊らせたいのではなく、彼は《もっと上手に踊りたい》のだ。慣用句を自身の心境に合うようにアレンジする椎木のセンスが光っているし、この時に椎木がどれだけ彼女に心酔していたかが、まさに手に取るように分かるフレーズだ。
⑨ いつか結婚しても
《大好きで大切で大事な君には/愛してるなんて言わないでいいね/毎日がなんだか退屈に思えても/毎朝、僕の横にいて》3rdアルバム『mothers』に収録されている“いつか結婚しても”の冒頭は《大好きで大切で大事な君には/愛してるなんて言わないぜ》というフレーズで始まる。この始まりを聴いた時には「思ったことを言葉にしないことでこれまでも散々苦い想いをしてきただろうに、その上『結婚』を掲げるこの曲の中ですらも大事なことを言わないのか!?」と思わず突っ込みそうになったが、聴き進めていくと《大好きで大切で大事な君には/愛してるなんて言わないでいいね/毎日がなんだか退屈に思えても/毎朝、僕の横にいて》というフレーズに帰結していて、「マイヘアらしい、不器用だけれど愛おしいラブソングだな」と温かい気持ちになった。「愛している」と言葉にすることは勿論大事だと思うのだが、結婚を見据えるくらいの信頼関係を築いたふたりの間にはきっと、言葉にすることすら野暮に思える「当たり前」が生まれているのかもしれない。それが例え綺麗事を詰め込んだ夢物語だとしても「いつまでもこう在りたい」と思わせてくれる、人間的でとても優しい歌詞だ。
⑩ 裸
《ただひとつになりたいのに/どこまでもふたつで/いくら愛や教養を見せ合っても/辿り着くのは裸だ》5曲入りの最新作『hadaka e.p.』のラストを堂々と締め括る“裸”。本記事の1曲目に触れた“最近のこと”でも《今僕がしたいのは/二人の話なんだ》と愛する人と融合したいというもどかしい気持ちを歌っていたが、《ただひとつになりたいのに/どこまでもふたつで》と歌うこの“裸”では、使われる言葉こそ似通っているがそこには悟りにも似た雰囲気が漂っている。それはMy Hair is Bad、そして椎木自身が様々な経験をしながら年齢を重ねてきた今だからこそ至ることができた到達点なのだろうし、「ひとり/ふたり」の他にも「白/黒」、「表/裏」と二面性について語りながら、その答えとして「裸」という言葉を選んでいる。この曲の中で辿り着く「裸」というのは、例えば相手の下着のホックを外して見える肌という意味もあるのだろうけれど、それよりも重要視されているのは「隠す術のない自身の心の内情」のことなのだろうなと思う。歌詞だけではなくメロディを含めた「曲」という観点でも、この『hadaka e.p.』ないし“裸”はMy Hair is Badの新境地を示唆している作品だ。相手から享受する愛でも培ってきた教養でもなく、自分が今、本当に求めるものとは何か?――先を見据えるマイヘアが掴んだ一糸纏わぬその答えを、この歌詞から感じることができる。