チャットモンチーのバンドとしての功績を振り返る時、やっぱり「女の子がロックバンドをやること」に新しい風を吹かせたという部分は大きいものだと思う。彼女たちはバンドをやる上で、女の子だからってなめられたくない、みたいなスタンスもなかったし、かといって女の子であることを強調することもしなかった。ものすごくフラットな佇まいで自分たちがやりたいロックバンド像を体現していたのだ。そして、それは音楽性、特に歌詞にも通じていた。
チャットモンチーは橋本絵莉子、福岡晃子、そして元メンバーの高橋久美子の全員が優れた作詞家であるというのもひとつの奇跡だった。それぞれが個性と豊かな表現力を持って言葉を生き生きと紡いでいたし、それを橋本が全てチャットモンチーの歌として歌ってきた。女子が3人集まればそれぞれに価値観は違って当然だと思うが、彼女たちは人としての根っこの部分で同じ感覚を共有していたのだろう。それは育ってきた境遇や、地元の景色や人との繋がりがそうさせていたのかもしれない。ひとりの作詞家の想いに偏ることのない風通しの良さがチャットモンチーの歌にはあった。ボーカルひとりの「私の歌」でも、バンドメンバー全員の「私たちだけの歌」でもなく、リスナーも含めた全員の「みんなの歌」になることができた。だからオルタナティブに歪んだギターサウンドが激しくかき鳴らされようとポップであることが可能だったし、誰もの日常や夢や恋に寄り添うことができた。
ガールズバンドに対する世間のイメージはチャットモンチーの登場で変わったと思うし、彼女たちの登場以降、むしろガールズバンドというキャッチコピーが無効化してひとつひとつのバンドの個性をリスナーが純粋に楽しむことができるようになったのではないかと思う。何より、彼女たちに憧れてバンドを始めた女の子がたくさんいた。そればかりでなく、メンバーが脱退した時や、行き詰まった時にどうするかというチャット流の危機回避の仕方はプロ・アマ問わず多くのバンドマンたちに、これからも影響を与え続けていくだろう。2人組として再出発した時、福岡がドラムを叩き、ギターにタンバリンを携えた橋本と向かい合って楽しそうに演奏する姿を見せてくれた時のすごくワクワクした気持ちは忘れられない。過去に囚われることなく楽しんで前を向く、そんなチャット流の危機回避の仕方は実に見事だった。
今、彼女たちが選んだ「完結」についてもそうだ。オフィシャルインタビューでは、行き詰まったからというより、その地点を越えることができたからこそ完結できるのだと話していて、さすがだなと思った。橋本と福岡による、チャットモンチーというバンドに対する愛と敬意が、「完結」という新たなバンドの終わらせ方を可能にするんだろう。例えば活動に疲弊して完全に息切れしてしまったバンドだったら、最後にアルバムを作ることなんてできないし、解散ライブだってできないまま終わっていったバンドもたくさんいる。『チャットモンチーになりたい』という自主制作盤を作った時から変わらない、メンバー自身のチャットモンチーというバンドへの憧れや大事に想う気持ちがあるからこそ、どこまでも真面目な彼女たちらしい「完結」という名のバンドの終わらせ方なのだ。
ラストアルバム『誕生』は全7曲とコンパクトでありながら、それぞれに驚きと味わい深さがあり、主に打ち込みによるチャットモンチー・メカ体制での音作りながら無機質な感じよりも、ちゃんと体温を感じさせるものに仕上がった。1曲目は今作の選手宣誓のような“CHATMONCHY MECHA”で、愛嬌のある様々な音たちが新しい世界への入口のように聴き手を興味深く誘う。“たったさっきから3000年までの話”では橋本の未来への祈りを込めた歌声を合図にドラムンベース調の展開が待っている。ミニマムな緊迫感から熱気あふれるダイナミックなサウンドに切り替わるアプローチもスリリングな“the key”から、ラップとの掛け合いも愛らしさ満点の“クッキング・ララ feat.DJみそしるとMCごはん”と、今作ならではの自由度の高さを彼女たちらしいこだわりの音作りで形にしている。
元メンバーの高橋久美子が作詞を手がけた“砂鉄”も、聴いているだけで思わず背筋が伸びるような凛とした表情でラストアルバムに感動的なドラマを添えた。「完結」を前にした時、橋本はたくさん歌詞が書けたといい、福岡はその逆だったという。チャットモンチーとして今、何を鳴らすべきか?歌うべきか?をずっと考え続けてきたふたりだからこそ、それぞれの心情もわかる気がする。福岡が唯一、作詞を手がけている“裸足の街のスター”は民族調のビートに乗ったチャットモンチーのロードムービーのような1曲に仕上がった。そしてラストに収録されたのはアコースティックギターの音色も美しい“びろうど”。この曲は橋本が作詞を手がけ、彼女の息子さんによる愛らしい歌声も入っている。スリーピースバンドとしてデビューしたチャットモンチーだが、ここまで大胆な変貌を遂げたラストアルバムをリリースするなんて誰も予想しなかったし、それでもチャットモンチーとしての音楽の芯の部分は何も変わっていないのだと確信できる作品になっている。
かつて“東京ハチミツオーケストラ”で夢を鳴らした女の子たちはいつの間にかそれぞれの人生を歩んでいて、そんな側面も刻みながら進化し続けたチャットモンチー。彼女たちの物語を音楽を通じて聴かせてもらったことはこの時代を共に生きたことの愛おしさであり喜びだ。ラストアルバムを『誕生』と名付けたチャットモンチーの、これが終わりなのではなく、ここからなのだという想いを受け取った。チャットモンチーのバンドとしての生命力は永遠に私たちの心の中に、そして音楽の中に生き続けるはず。これが最後の作品だけれど、その新しい息吹を感じ取りながら聴いてもらいたい。(上野三樹)