■リアルをさらけ出すアイドルの新しい形を発明した「黄金期」
モーニング娘。の長い歴史は、テレビ東京系『ASAYAN』で行われたオーディション企画のひとつ、「シャ乱Qロックヴォーカリストオーディション」に落選した5人が集められたところから始まった。デビューの条件として、インディーズシングル『愛の種』を5日間で5万枚売り切ることを課せられ、先の見えない不安の中、必死に努力する本人たちの舞台裏がテレビカメラを通して全国に公開された。このようなリアリティ番組は今でこそ珍しくもないが、「スターはスター」という認識がまだ一般的だった当時、普通の子がスターになっていくプロセスを泥臭い部分も含めてすべて見せてしまう演出はとても挑戦的だった。だが、この泥臭さを厭わない姿勢と、プロセスごと愛されようという姿勢は、どちらも時代の要請にばっちりハマった。コミカルでちょっとダサさがあり、気取らない振り付けがみんなで一緒に踊りやすかった7枚目のシングル『LOVEマシーン』は、グループ初のミリオンセラーを記録し、当時は日本津々浦々の宴会やパーティー、カラオケで踊られ、歌われた。また、元々はショックでネガティブなニュースであったメンバーの卒業も、それとセットになって行われるオーディションやメンバー新加入の過程がコンテンツ化されることで、卒業と加入はグループや残された個々のメンバーの成長にとって必要なプロセスであり、またそこで起きるドラマ自体がグループの魅力として認識され、一般化していった。どちらも、現在活動している沢山のアイドルグループが踏襲する型のひとつとなっているが、当時はそんなことをしている人もグループもいなかったのだ。流行り廃りの早いテレビ・コンテンツの競争に勝ち、国民的と言っていい人気を博した2003年頃までの期間を、ファンはモーニング娘。の「黄金期」と呼ぶことがあるが、その黄金期を成し得たのは、彼女たちがこのような新しいアイドル像の確立に成功したからだと言えるだろう。
■「アイドルはクオリティ」だとその姿勢により宣言した「プラチナ期」
「黄金期」の人気はモーニング娘。のアウトプットと時代の要請がぴったりハマって現象的な規模まで拡大したが、それを支えたメンバーの卒業、テレビ露出の減少、そして人々の音楽への接し方の変化など、様々な要因によって、00年代後半のモーニング娘。の活動は徐々に地に足のついたものになっていった。また、2007年4月から2011年1月までの約4年間、モーニング娘。には新メンバーが加入していない。自ら自身の変化のプロセスを見せていくことを発明し、否が応でも自己更新していくという新しいアイドル像を提示してきた彼女たちにとっては、変節と言ってもいいほどの長い安定期であった。だが、このような状況でも、モーニング娘。は結局のところアイドルの概念を更新してしまう。今度は「アイドル」と聞いて想起されるものとはかけ離れた、圧倒的にクオリティの高いパフォーマンスを魅せるようになったのだ。これは、メディア露出が減って世間からの注目度が下がった状況でも、毎年春と秋に行われる単独ツアーに足を運んでくれるファンたちに、最高の自分たちを届けようと、当時のリーダー・高橋愛を中心に、グループ全体でパフォーマンス向上に注力した結果であった。一見変化のダイナミズムが失われたように見えても、外形的な形は変わらず、個々の内側で進化を起こしていったのだ。
この、高橋愛がリーダーに就任した2007年6月から、9期メンバー4名が加入してくる2011年1月までの間を、ファンは後に「プラチナ期」と呼ぶようになる。呼び名の由来は、2009年3月に発売されたアルバム『プラチナ 9 DISC』と言われているが、後から「その時期」を一言で呼べる名前をつける必然性が出てくる程、ファンにとっても、後のモーニング娘。にとっても大事な期間となった。個々のメンバーの意識の高さとたゆまぬ努力、ファンが直接観てくれるライブこそ活動のメインであると据えたこと、そしてモーニング娘。史上一番長くメンバーが固定されていた期間がもたらした右肩上がりに伸びていくパフォーマンスの成熟度。これらが重なって、ステージ上で繰り広げられるパフォーマンスは突き抜けたクオリティに達し、「プラチナ期」のモーニング娘。はまたもやアイドルの幅を拡張してしまったのである。
「プラチナ期」のモーニング娘。を見て、かっこいいと憧れて後のオーディションに応募してくる少女たちがいるという意味でも、モーニング娘。のパフォーマンスはこのレベルのクオリティに達しなければいけない高い見本になっているという意味でも、「プラチナ期」は今もモーニング娘。の礎となっている。
■アイドルの可能性を広げながら未来に繋ぐ色とりどりの音楽的挑戦
常に自分を更新し続け、アイドルの概念を拡張し続けているモーニング娘。の歴史の中でも、2011年をはさんだ前後の変化は特に劇的だったと言っていいだろう。2011年には9期メンバーの譜久村聖、生田衣梨奈、鞘師里保、鈴木香音と、10期メンバーの飯窪春菜、石田亜佑美、佐藤優樹、工藤遥の8名が一気に加入している。このうち4名は未だ現役であり、モーニング娘。'19をあらゆる面で支え、引っ張っている(なお、11期の小田さくらも翌年9月に加入)。一方で、リーダー兼エースとして「プラチナ期」のモーニング娘。を長く支えていた高橋愛が卒業し、結果的に世代交代の印象を色濃く感じさせる1年となった。明けて2012年、高橋とともに長年グループを支えてきた新垣里沙と、脚の疲労骨折で活動の継続が難しくなった光井愛佳も卒業し、10人のメンバーのうち道重さゆみと田中れいなの2人以外は加入2年に満たない若手で構成されるという、事実上の新人グループとなった。通算で50枚目のシングル曲という節目も重なった“One・Two・Three”は、ボーカルのエフェクトも大胆に使われ、世界的に盛り上がりを見せていたEDMが強く意識されている仕上がりで、長く安定した「プラチナ期」からの刷新と新時代の幕開けの象徴となり、今もライブでキラーチューンとして歌い続けられている。
“One・Two・Three”の後、サウンドは基本的にはEDM路線が続き、ダンスパフォーマンスにおいてはフォーメーションダンスが取り入れられていく。アイドルのダンスというと、各自の立ち位置で全員が同じ振りをしてシンクロするイメージが強かったが、そのイメージもまたモーニング娘。は変えてしまったのだ。
このフォーメーションダンスは、最近ではあえて「フォーメーションダンスをやっています」と強調する必要がないくらいモーニング娘。の表現の一部となっている。
サウンドも、ただEDM要素を取り入れたわけではなく、歌謡曲のテイストと融合させたりと、常に新しい試みが行われている。
このように、アイドルの新たな地平も切り拓いてきたモーニング娘。だが、一方で21年間変わらないこともある。それは、常に現役のメンバーが歌うために書かれる歌詞と、ステージの上でのメンバーたちが見せる笑顔である。
メンバーが移り変わっていくことで、20歳前後5年ほどのレンジの中にメンバーのほとんどが収まる彼女たちが、自分の声で、自分の口から発するのにふさわしい感情・言葉・考えがモーニング娘。の楽曲の歌詞には込められている。ほとんどの楽曲を手がけるつんく♂をはじめとする作家陣が、21年間その点を大切に書き続けてきたことが作品を聴くとよくわかる。
先に動画で紹介した“自由な国だから”は“フラリ銀座”との両A面シングルだが、“フラリ銀座”で《全てが/あなたで/全てを/知りたい/あなただけあれば/何も要らない 何も要らない》と歌った後、“自由な国だから”では、《束縛はさせない/私は私よ/いつまでもここには/いられない So/いられない》と歌う。
一見正反対に思える感情と言葉は、いずれも一人の女性の内に生じ得る。この2曲がひとつのシングルとしてカップリングされていることがとてもリアルであり、そしてそれを現役のメンバーたちが歌うことが、またとてもリアルなのだ。
どの時代にあっても、メンバーを介して、メンバーと同世代の女性たちの共感が得られる作品がつくられ続けているのも、メンバーが変わっていくモーニング娘。ならではの特徴と言えるだろう。
アイドルの概念を常に更新し続け、時にはロックミュージシャン顔負けのパフォーマンスを魅せるモーニング娘。だが、変わらないのは、ステージの前にいる自分たちを観にきてくれたファンに最高のパフォーマンスを披露し、そして幸せになってもらいたいという思いだ。そしてその思いは、彼女たちの笑顔となってステージの上にあらわれる。
真夏のLAKE STAGEで11曲をほぼ休みなく歌って踊れば、いかに彼女たちがプロとしてトレーニングを積んできていると言えども、当然苦しいはずだ。しかし、モーニング娘。'18のメンバーはLAKE STAGEの上で終始笑顔だったのだ。それはなぜなのか? 沢山のオーディエンスの前でパフォーマンスをするのが楽しかったからか? それももちろんあるだろう。だが、過酷なパフォーマンスをしながら、それでも彼女たちが終始笑顔であった本当の理由は、僕たちだ。オーディエンスに幸せな気持ちになってもらいたいから、彼女たちはどんな時も笑顔でパフォーマンスをするのだ。
モーニング娘。がアイドルの領域を拡張・更新していく革新者でありながら、一方で常に正統派アイドルであり続けている理由は、どれほど表現の幅がひろがっても、彼女たちがステージに上がる理由が「アイドルど真ん中」のまま変わらないからだ。そして自分たちが切り拓いた革新を「アイドルの方に」引き寄せていくからだ。彼女たちは、目の前にいる人たちを幸せにするために、最高の笑顔のまま、正統派アイドルのまま、革新をステージの上で実現するのである。
アイドルの限界を超えていく彼女たちにとって、ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2019のGRASS STAGE出演は、すばらしい挑戦になるはずだ。もともと「ロックヴォーカリストオーディション」の落選組で結成されたモーニング娘。が、21年の時を経て国内最大のロックフェスのメインステージに立つのは感慨深いものがある。現在のモーニング娘。'19のメンバーたちにとっても、一度に幸せにするオーディエンスの数としては圧倒的な数になる。彼女たちは、この重みも、喜びも、すべてよくわかっている。その思いを胸に、今年もきっと驚きのステージを繰り広げ、モーニング娘。の、そしてアイドルの可能性をひろげてくれることだろう。(阿部巧)