今年21回目を迎えるはずだったROCK IN JAPAN FESTIVALにしても、10代の若者からしたら、もはや生まれる前からある「日本の歴史あるフェス」ということにもなり、夏の「甲子園」という言葉が高校野球を指すように、夏の「ひたちなか」と言えばRIJFというくらい、日本の夏の風物詩としてすっかり定着しているものだ。で、今年も当たり前のように、ひたちなかに「夏」があると思っていたのだが、やはりコロナウイルスはしぶとく、今年の開催はかなわなかった。肩を落とした人も多いことだろう。しかし、そんなオーディエンスの思いを少しでも翌年への希望へと変えるべく、RIJFは、今年出演する予定だったアーティストの過去のパフォーマンス映像やメッセージ映像、コメントなどでコンテンツを構成し、8月8日・9日・10日の3日間にわたって配信をした。今年、実際にフェスが開催される予定だった3日間に合わせて。
ライブ映像は、主に2019年のRIJFでの演奏シーンが選りすぐられていて、たとえば[Alexandros]がGRASS STAGEで奏でた“月色ホライズン”。川上洋平(Vo・G)の「歌え!」の声に沸き起こる大波のようなシンガロングの声、その景色──会場で実際に体感したことがある人なら、あの熱気がすぐにでも呼び覚まされたことだろう。サンボマスターの山口隆(Vo・G)の「そんなもんか? GRASS STAGE!」の煽りとともに火が付く“ロックンロール イズ ノットデッド”。「泣いてんじゃねえぞコノヤロウ!」の叫びが、スマホ画面から1年越しで突き刺さる。ACIDMANは2018年のRIJFのライブ映像だったが、“MEMORIES”の《失う事に慣れても/生きてゆくんだよ》の歌声と歪んだギターが夏の空に響き渡る、あの景色。昨年2日目のトリを飾った10-FEETの“CHERRY BLOSSOM”のパフォーマンスで、《やまない雨などない》と歌う声。「隣の知らない人とハイタッチだー!」と呼びかけたあの瞬間。ASIAN KUNG-FU GENERATIONは2018年の演奏シーンから“荒野を歩け”で会場中が気持ち良さそうに揺れる、素晴らしい景色を見せた。様々な場所で、とても自由に音楽に体を預ける時間があの場所にはあったのだなあと、今さらのように思いながら観入っていた。これこそが「特別」だったのだと。
そして、改めて感じたのは、フェスという場は、アーティストの熱いライブを一方的に受け取るだけの場所ではなかったということだ。足を運ぶ参加者こそがフェスを作り上げるのだという概念は、漠然とわかったつもりでいたけれど、配信で俯瞰で「フェス」というものを眺めてみると、そこには演者と観客の間に計り知れないエネルギーの交歓や、相乗効果で生み出すマジックがあったことを思い知る。キュウソネコカミの去年のGRASS STAGEでの演奏もそうだ。“The band”のハイパーなバンドサウンドに合わせて会場中が大きくジャンプする様は圧巻で、その熱を受けてヤマサキ セイヤ(Vo・G)は「ありがとう! いつもおまえらから感動をもらってます!」と叫んだ。その場にいると当たり前に聞き流してしまいそうな、さらっと伝えた言葉だったが、この言葉に今回なぜかハッとさせられた。そうか。感動はライブを観る我々だけのものではなかった。それぞれのアーティストの歌や演奏が、会場の熱や、様々な感情の昂まりを生み出し、それがさらに大きなエネルギーとなってステージへと届いていた。だからこそ、出演するアーティストにとっても「フェス」は「特別」なのだということ。昨年のSUPER BEAVERの夕暮れ時のステージもそうだった。“秘密”で沸き起こる熱く美しいコール&レスポンスに、渋谷龍太(Vo)は「頼もしいわ。最高の仲間ができました。ありがとな。もっとください」と、みんなの声をどんどん自らの力にして、見事なステージを作り上げていた。それこそがフェスの醍醐味だった。そこには「当たり前」のことなど何もなかったのだ。だからこそ、私たちは毎年のようにロックフェスに足を運ぶのだ。今回の3日間の配信をじっくり堪能したおかげで、自分のなかにあるこの夏のフェスへの渇望、その理由に向き合うことができた。そしてより強く2021年への期待が高まった。
今回の配信では、ライブ映像が始まる前に多くのアーティストが今回の中止を受けてのメッセージ、来年に向けての希望を映像や文字で届けてくれた。そこには端々に、それぞれが今年期待していたことや出演に向けての思いの深さが感じられた。クリープハイプの「ひたちなかのあのステージに立てない今年の夏は、色んな意味で忘れられないと思う。また必ず、あのステージを目指して、いま出来ることをやります。でもやっぱり、寂しいし悔しい」というメッセージも、ポルカドットスティングレイの雫(Vo・G)の「新曲をバチボコにやろうと思っていたので。やりたかったねえ」という言葉にも、Base Ball Bearの小出祐介(Vo・G)の「今年は15回目(の出演)ということで、記念に浴衣で出るつもりでした」(彼らは2007年出演時に浴衣で登場している)というコメントからも、出演者それぞれのフェスへの「特別」な思いを受け取る。
いわゆる常連となった出演者ばかりではない。今年が3回目の出演となる予定だった緑黄色社会は、この1年での急成長を、きっとRIJFのステージでも見せてくれるはずだった。「見せつけたかったけどね。2020年の緑黄色社会」と語っていたとおり、予定していたセットリストには“Shout Baby”や最新曲“夏を生きる”が入っていた。Novelbrightはメッセージ映像で、「僕たちは人一倍、(RIJFに)かける思いが強かったですから。遡ること3年前、出演権を懸けたオーディションで、あと一歩のところで負けて、次は絶対自力で出てやるって思っていたので」と語って、悔しさを滲ませた。昨年に続いて2回目の出演となる予定だったひかりのなかにも「私達にとって、とても大きな舞台だったので 今でもやっぱり悔しいですが、一刻も早く皆さんの前にたち、音楽をできる日までひかりのなかにもグッと踏ん張って、少しずつでも前に進めるように頑張ります」とコメントを寄せた。そして、THE ORAL CIGARETTESの「あれだけたくさんの人に見てもらえるRIJFには毎回本当に感謝しかないです。今年は開催出来ず残念でしたが、またステージに立てることを願っています!! スタッフの皆様も本当に最後まで諦めずに開催しようとして頂いてありがとうございました。来年は必ず!!」というあたたかいコメントや、BiSHの「またでっかい音で、でっかい声で、みんなで最高な音楽を全力で全身で楽しめる日を心待ちに私達も音楽を届け続けます。またロッキンで会いましょう。強く生きていて下さい」という、すべての音楽ファンに寄り添うメッセージは心に沁みた。
今年の夏はとても寂しい夏になってしまったけれど、この配信を通じて、本当にたくさんのアーティストの強い思いに触れることができて、翌年以降への希望につなげることができた。この夏は一度きり、なんていう言葉をこれまでよく耳にしてきた。一瞬にして感情が沸騰するような喜びや感動があって、その儚い景色こそが永遠に刻まれるのだと。それこそが夏という季節だと。そんなまぶしい季節が今年はなくなってしまったけれど、こうして心をフラットにして「RIJFのある『特別な』夏」に思いを馳せることができたのは、自分にとっていい時間だったと思う。別の見方をすれば、この夏だって一度きりだ。そう、来年こそはまた熱い熱いライブを肌で感じたい。心からそう思えた配信だった。(杉浦美恵)
『ROCKIN’ON JAPAN』2020年10月号 「JAPAN OPINION」記事より
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