My Hair is Bad、6つの青春の結晶
インディーズ作から最新作『angels』まで、全アルバム一挙レビュー
『昨日になりたくて』(2013年)
失われると同時に捕らえられたもの
大阪のインディーズレーベル「THE NINTH APOLLO」からリリースされた1stミニアルバム。久しぶりにCDを手に取り、手書きの歌詞がプリントされたブックレットを眺めてみたが、ジャケットの写真がまるで静かな宇宙のようだ。本作は“最近のこと”という6分を超えるゆっくりとした曲で始まる。バンドはこのデビュー作の時点で、「強烈な速さ」と「強烈な遅さ」は時として同じであることを鋭敏に感じ取っている。6曲目の“エゴイスト”は40秒弱で終わる。《時計を逆さまに見てる/あなたに/声は、届くか》(“声”)――因果は説明されないが、忘れ物はあるようだ。でも時間は進むし、アルバムの主語である「僕」は、どうしようもなく「今」しか生きられない。そんな「僕」の垂直な悲しみと覚悟が、『昨日になりたくて』という祈りにも呪いにも受け止められる言葉に結実している。
僕が初めてマイヘアのライブを観たのは、本作がリリースされてから2年ほど経った頃だった。その日、椎木知仁はステージの上で「自分の頭で考えてください!」と繰り返し叫んでいた。あの夜のことは今でも時々、昨日のことのように思い出す。(天野史彬)
『narimi』(2014年)
マイヘアとは、を決定づけた一枚
今もライブでおなじみの曲たちが並ぶこの1stフルアルバムは、翌年の『一目惚れ e.p.』に収録された“真赤”とともに、マイヘアというバンドのイメージを決定づけた作品だということができる。その象徴といえるのが『narimi』というアルバムタイトルだ。これは椎木の元カノの名前だ、というのがファンの間での通説となっているのだが、たぶんそれは間違いないと思う。まあそのへんの事実関係はともかくとしても、そうした具体性を持ったタイトルを掲げていることからもわかるとおり、このアルバムの曲たちは今聴いてもどれも「うわあ」と声が出るくらいに生々しい。めちゃくちゃリアルな情景、めちゃくちゃリアルな記憶、めちゃくちゃリアルな心情が詰め込まれた、とても赤裸々なアルバムなのだ。にもかかわらず、このアルバムはマイヘアのポップ性をこれまでとは違うレベルで示す作品でもある。“元彼氏として”のダンスビート、“夜行バス”の抑制されたアンサンブルの美しさ、“優しさの行方”のどっしりとした重厚感。歌詞のべっとりとした湿り気と裏腹な音楽的に一気に開けたような感触は、その後のブレイクスルーに繋がるものだった。(小川智宏)『woman’s』(2016年)
ズタボロな実像とピッカピカの才能
《いつか死んでしまうんだ》という刹那的な歌詞の一方、ジャーン!と響くギターが爽快な余韻を残す“告白”から始まる、2ndフルアルバムにしてメジャー1作目のアルバム。生々しすぎる歌詞を吐き出せる才能と、それを聴かせるため、さらに自分のなかで昇華するための音楽的な才能が組み合わさった、どこか歪で、だからこそおもしろい楽曲が数多く収録されている。途方もない失恋が綴られているのに、弾むメロディでキュートに聴こえる“グッバイ・マイマリー”。時代を映し出した歌詞が、ポエトリーリーディングのごとく迫りくる“戦争を知らない大人たち”。パーソナルな想いが、壮大なストリングスをバックに歌われる“恋人ができたんだ”。正直、耳を塞ぎたくなるような歌詞もあるのに、それでも音楽には惹き込まれてしまう。恋に破れ、人生に葛藤する椎木知仁というズタボロ(に見える)若者に与えられた、唯一無二の可能性が音楽だったのかもしれない、そんな物語も見えてくる一枚。そこに本人も気づいていたのか《もう少しだけ 頑張ってみる》(“また来年になっても”)と締め括ってから5年半。マイヘアは、日本のロックバンドの中核を担う存在になった。(高橋美穂)『mothers』(2017年)
複眼的ソングライティングが光る
音楽性が広がり、椎木の描く歌世界に、さらに多角的な視点が持ち込まれた作品。先にリリースした両A面シングル曲“運命”と“幻”でひとつの別離を男女それぞれの視線で描いているが、それを含め、このアルバムでは椎木の複眼的なソングラティングの魅力が光る。『narimi』には、男の偽りのない心情を時間軸を変え、立場を変えて描き出した“彼氏として”、そして“元彼氏として”という名曲が存在するが、本作にはさらなるアンサーソングのように“元彼女として”が収録されている。別れたその後の物語に泣き笑いの切なさも見え隠れして、椎木の立体的な作詞力に舌を巻く。マイヘアが従来から持つスリリングな切迫感は本作でさらに加速し、“僕の事情”では、言葉の断片がサウンドの一部のように強烈なイメージを放つ。“永遠の夏休み”では散文詩の朗読のごとく椎木の放つ言葉が耳に飛び込んで、明るく楽しいはずの「夏休み」に影のように付随する思考が露わになっていく。この視点の深さ。そしてラストの“シャトルに乗って”には、生きることの矛盾にまっすぐ向き合う椎木の姿がある。この歌は世が混迷を極める今こそ聴かれるべき歌ではないかとも思う。(杉浦美恵)『boys』(2019年)
大人になっても何も失わないマイヘア
2019年リリースの4作目のフルアルバム、ということは横浜アリーナ2デイズとかをやるようになったあとに発表された作品。であるにもかかわらず、楽曲で描かれる焦燥感とかヒリヒリ感とか無力感とかが、減退するどころか生々しくリアルになっていく一方なのは、なんなんだろう。ドラマチックにストリングスを入れた“化粧”のような曲もあるし、“one”や“怠惰でいいとも!”のような「これ、歌!?」と思うくらい、極端に振り切った曲もあるのに。つまり、音楽的な幅は広がっているのに。逆か。経験を積んだことで分別がつくのではなく、感性はそのままでスキルアップしたぶん、より生々しくリアルに描けるようになった、ということか。“観覧車”の《カラオケで上辺だけを見せ合った》《必要のないものにすら必要とされたかった僕は/必要のない相槌を打っていた》という鋭すぎるラインや、“虜”の《僕の最後になってくれよ》《君の最後にならせてよ》という目からウロコなラインは、初期は出てこなかったかも、という気もする。特にラストの“芝居”、最強。人生を歩んでいくうえでの意志をこんなふうに歌えるの、椎木だけだ。(兵庫慎司)
『angels』(2022年)
旅立ちの春に花束を
1本の群像劇を観ているようだった。衝動的で眩しいほどの青春、最愛の人へ捧げる穏やかな優しさ、成長が導いた人生の転機、ウィットに富んだ世渡り論、離れがたいものとの決別――3人の演奏で構築された色とりどりの13曲の物語は、バンドがこれまで辿ってきた軌跡を丁寧に紡いでいる。かつてないほどに時間をかけて制作したという5thフルアルバム。ギターはこまやかなコードワークとダイナミックな音像でより多彩かつ豊かな響きを実現し、メロディアスなベースと緩急の効いたドラムがそれに奥行きを作り出す。歌詞も洗練され、余韻と艶のある表現に。結果1曲1曲で生々しくもロマンチックな情景が立ちのぼっている。なかでも印象的なのはラスト3曲。狂気にも近い情念を感傷的かつエモーショナルに描いた“舌”、コロナ禍1年目の春を綴った“白春夢”、二十代を終える椎木知仁の心情が切々と歌われる“花びらの中に”、いずれも戸惑いと未練を抱えながらも思い出に背を向け、「今」を変えていく決断をしている。心は弱さを孕んでいるからこそ美しく揺らめく、まるで花のようだ。隅々まで誠実な音とその残像に、しばし恍惚とした。(沖さやこ)
(『ROCKIN'ON JAPAN』2022年5月号より)
現在発売中の『ROCKIN'ON JAPAN』5月号にMy Hair is Badが登場!