「少年時代の憧れ」を解き放った宮本浩次の「歌」の究極系――カバーアルバム『ROMANCE』全曲解説! 連載シリーズ、第2弾
「一曲一曲、思い出と共に笑ったり、時には涙さえ流しながら、選曲する作業は、わたくしにとって自分の幼少期の心のアルバムを広げていくような、真剣でいながら、また楽しい時間でもありました」
カバーアルバム『ROMANCE』のリリースに寄せて、宮本浩次はそんなコメントを発表していた。エレファントカシマシのデビュー当時は「禁じ手」としてきた歌謡曲への想いを、ソロデビュー曲“冬の花”でついに解き放ち結実させた宮本。ソロ1stアルバム『宮本、独歩。』を携えた初のソロ全国ツアーが、コロナ禍により全公演中止を余儀なくされた中、「1日1曲カバーする」と自らに課した宮本は、その歌の主人公への共感のあまり歌いながら号泣することもあったという。そして、プロデューサー・小林武史とともに己の「少年時代の憧れ」と向き合う日々……。それは居心地のいい「ノスタルジーの発露」とは一線を画した、自分自身の表現に新たな覚醒を迫るような「怒濤のポップ革命」とでも位置づけるべき熾烈な時間だった――ということは想像に難くない。
70年代から90年代まで幅広い時代にわたって、女性ボーカル曲のカバーを収録した今作『ROMANCE』。ここに収められた全12曲は宮本の「原点」でもあり、『宮本、独歩。』の先に広がる無限の未来を指し示すポップ羅針盤でもある。その12曲の全貌を、全曲レビューで解き明かしていきたい。
文=高橋智樹
⑤“ロマンス” ('75年/岩崎宏美)
今作の表題曲でもある“ロマンス”、原曲は1975年リリースの岩崎宏美の2ndシングル曲。デビュー間もない16歳の新人歌手に、阿久悠(作詞)、筒美京平(作曲・編曲)の名匠が提供したこの楽曲は、当時の岩崎宏美がその歌唱力とともに「次世代の担い手」としての圧倒的な輝きを放っていたことを十分に窺わせる。《あなたお願いよ 席を立たないで/息がかかるほど そばにいてほしい/あなたが 好きなんです》……冒頭から揺れ動く少女の恋心を流麗なストリングス&コーラスと涼やかな歌声で描き切ったキュートな原曲に、宮本はワイルドなほどのエモーションを沸き立たせて挑んだ。《生まれて初めて 愛されて/私はきれいに なって行く》というファンタジックなまでにピュアな詞世界を歌うことで、宮本自身がシンガーとして、表現者として刻一刻と解き放たれ、新たな視界を獲得している――そんな実感をまざまざと伝えてくれる1曲であり、女性シンガーの楽曲を歌った今作の中でも特に重要なカバーであることは間違いない。激しく波打つギターとホーンサウンドが、そんな宮本のモードと共鳴し高め合うかのように鳴り渡っているのも印象的だ。
⑥“赤いスイートピー” ('82年/松田聖子)
今作の中で唯一「複数楽曲を収録しているシンガー」が、80年代ポップシーンを代表する存在=松田聖子であるという事実は、今作のバックグラウンドにもなっている「少年・宮本浩次の歌謡曲への憧憬」がまっすぐ時代のど真ん中を向いていたことを如実に物語っている。エレファントカシマシで出演した『The Covers』でちあきなおみ“喝采”とともにいち早くカバーを披露していた“赤いスイートピー”――作詞を松本隆、作曲を呉田軽穂こと松任谷由実が担ったこの楽曲は、「プロフェッショナルな作家性の結晶」たる歌謡曲の象徴的な意味合いが、宮本の中でも強い楽曲だったことがわかる。蔦谷好位置による新たなアレンジを得た今回のバージョンでは、ギターとリズムトラック、そして《I will follow you/あなたについてゆきたい》のサビで聴かせるハーモナイザー調のボーカル、といった最新鋭ポップナンバーの装いによって、バイタリティあふれる宮本の歌が無限の表現の可能性を秘めていることが真っ向から示されている。「誰もが知っている宮本浩次」の「誰も知らなかったポップの扉」がまたひとつ開け放たれた……という手応えを感じられる1曲に仕上がっている。
⑦“木綿のハンカチーフ -ROMANCE mix-” ('75年/太田裕美)
シングル『P.S. I love you』のカップリングにも収録されていた、太田裕美“木綿のハンカチーフ”のカバー。作詞・松本隆、作曲・筒美京平によるこの名曲が、椎名林檎&松崎ナオ、草野マサムネ(スピッツ)、いきものがかりなど幾多のアーティストをカバー歌唱へと駆り立ててきた最大の理由は、「ポップの極みのメロディ&楽曲」と「次第に離れていく男女の心を歌った歌詞」の、ある種残酷なまでのコントラストの美しさにこそある。今作に収められた中では唯一「男性目線」の描写が登場する“木綿のハンカチーフ”。都会へと旅立つ「ぼく」を《ただ都会の絵の具に/染まらないで帰って》と見送る「私」。そんなふたりの気持ちのすれ違いはやがて《恋人よ 君を忘れて/変わってくぼくを許して》《涙拭く木綿の/ハンカチーフ下さい》と悲しい結末を迎える――。1本の映画のような展開を、「ぼく」と「私」を色彩豊かに歌い分けながら、ふたりの物語に密接に寄り添っていく宮本の歌は、どこまでも優しく、悲しく、そしてあたたかい。草原を吹き抜ける風のようなピアノとストリングスの爽快な音像も、楽曲の世界観に明快な陰影を与えている。
⑧“喝采” ('72年/ちあきなおみ)
今作の中では原曲の発表時期がいちばん古い、1972年リリースのちあきなおみ13thシングル曲(作詞・吉田旺、作曲・中村泰士)。《いつものように 幕が開き/恋の歌 うたう私に/届いた報せは 黒いふちどりがありました》――歌を生業とする者の光と陰を、その悲しみすらもドラマとして歌っていこうとするかのような凄絶な美しさは、その迫力ゆえに当初「ちあき本人の悲しい別れの体験が綴られた歌では?」と謳われたほどだった。歌い出しの《いつものように 幕が開き》の部分が、ちあきの歌声に通じる豊潤な響きを感じさせる今回の“喝采”カバー。オリジナル通りのキーで、サビの《動き始めた汽車に ひとり飛びのった》の部分も含め、しなやかに歌い上げていく「歌手・宮本」の破格のポテンシャルは、今作『ROMANCE』を名盤たらしめている何よりの要因である――ということを強烈に印象づける1曲だ。何より、《それでも私は/今日も恋の歌 うたってる》と歌い手の「業」を朗々と響かせるこの曲が、約半世紀の時を経て「宮本浩次自身の歌への覚悟」を宿らせて2020年の「今」を震わせているという事実に、驚きと感激を禁じ得ない。
(『ROCKIN'ON JAPAN』2020年12月号 別冊 宮本浩次より)
現在発売中の『ROCKIN'ON JAPAN』12月号別冊に宮本浩次が登場