日没までにはまだ暫く間がある18時ちょっと過ぎにステージに登場した星野源。笑顔で両手を掲げて軽く振り、「ようこそ! すげえ人だな。いい感じに夕方じゃないですか」と挨拶。後方の立見席も観客がひしめき合う大盛況の中、ライヴはスタートした。
この日のステージは星野 源(Vo & G)、伊賀航(B)、伊藤大地(Dr)によるトリオを基本としつつ、ペダルスチールギター・プレイヤーの高田漣、カルテットのホーンセクションも加わった編成も交えて展開。「精神状態が不安定な時に作った曲なので(笑)、明るい内にやっておこうかと……」と、ライヴ開始早々に披露された“ひらめき”などはウッドベース、ブラシによるドラムプレイに彩られながら、トリオ編成でムードたっぷりに演奏。座りながらじっくりと聴き入る観客を眺めながら、「みんながいつ立ち出すのか楽しみだね」と彼は言ったが、観客がついに立ち上がったのは、高田漣のペダルスチールギターが加わった“営業”の時。ペダルスチールギターのエモーショナルなサウンドがバンドアンサンブルを心地よく震わせ、立ち上がった観客の身体を揺らしていた。
ライヴの中盤で、「ここで大地くんと伊賀さんは休んでいてください」とひとこと、ステージ上には彼と高田漣だけが残る。この2人で演奏されたのは“バイト”。密やかにギターを爪弾いて歌う星野 源と、やるせなくも力強くペダルスチールギターを奏でる高田漣のアンサンブルは、実に綺麗であった。この曲の時、観客がいつの間にやら座って、じっくり聴き入っていたのは、ごく自然な行動だったと思う。“バイト”の演奏後、「なに勝手に座ってんだよ! ……いや、本当は“バイト”の前に『座って』って言おうとしたんだけど(笑)」と星野が言うと、観客の間から和やかな笑い声が起きた。
星野源の弾き語りによる曲も披露された。「もうすぐ夏が来るこの時期になると思い出すのが19くらいの時のこと。彼氏持ちの女を好きになりまして。頑張ってデートの約束を取り付けたんですが、前日にメールが来まして。『友だちとキャンプに行くからムリ』と。しょうがないからバイトをして、その帰り道に彼女の家の前を通りがかったんですけど、窓に明かりが点いていまして、女と男のいちゃつく声が聞こえてきたんです。僕はない頭を巡らせた末……本屋でキャンプ雑誌を買いまして、彼女の家の玄関に叩きつけてきました!」。
ホロ苦い思い出の告白が観客の大喝采を浴びて始まった弾き語りは、なんとナンバーガール“透明少女”。アコースティックギターのハイフレットのコードをストロークし、煌びやかな音色によるビートを奏でて歌うこのカバーは秀逸であった。5月4日の『JAPAN JAM 2012』に星野 源が出演した際、向井秀徳とのセッション(向井秀徳アコースティック&エレクトリック×星野 源)でこの曲は演奏されたが、ワンマンライヴでも聴けるとは誰も予想していなかったのではないだろうか。歌が始まり、“透明少女”であることが分かった瞬間、どよめきのような歓声が観客の間から起こっていた。
弾き語りのコーナーが終ると、「みんな来なよ!」とステージ袖へ向かって呼びかけ、バンドのメンバーたちも合流。ここからはホーンセクションも加わったフル編成となった。このバンドによって演奏された曲の中でも、特に印象深かったのは“くだらないの中に”。すっかり日が暮れた野音で、この曲のやるせなくも温かいメロディを浴びるのは、実に心地よいひと時であった。演奏を始める前に、「お風呂に入っている時に思いついて、慌てて書き留めた曲。後から見たら、『この歌は変態だな……』と(笑)。でも、そういうものの中に大事なものがあるんじゃないかと」と、星野源は語った。彼の音楽の核にあるものを再確認させられた言葉であった。
曲の合間に度々語り、観客とじっくりコミュニケーションを交わし合いながら展開するお馴染みのステージのスタイルも抜群に冴えていた。場内の観客は勿論だが、場外で耳を傾けているファン、彼曰く「音漏れの人」にも語りかけていたのにはびっくり! ライヴ中に何度も「音漏れの人!」と呼びかけ、歓声が場外から返ってくるのを喜んでいた。「音漏れの人で、今日のライヴが良かったと思う人は、『星野 源が良かった!』と満員電車の中やスクランブル交差点で叫んでね」というユニークなお願いもしていた。そんなやり取りを随所で交わしつつ、終始、まるでホームパーティーのような親密&リラックスしたムードを我々に届けてくれていた。
アンコールを求める歓声に呼ばれ、駆け足で再登場した星野 源。そして、伊賀航と伊藤大地もすぐにステージに戻ってきた。「伊賀さんがコールしてもいいですか?」という星野源の無茶ぶりに応じ、「のってるか~」という照れくさそうなコールをする伊賀航。「伊賀さんが心を開いてくれたところで……」と、アンコールで演奏したのは“くせのうた”。星野 源のギターの爪弾きと歌のみでスタートし、やがて伊賀航のベースと伊藤大地のドラムが合流。3人の温かいサウンドが夜空に向かって広がり、観客がゆっくりと身体を揺らして耳を傾ける光景は、素敵な幸福感に溢れていた。
全バンドメンバーの名前を紹介し、「来年もできたらいいなあ!」としみじみと語って、星野 源はステージを後にした。確かに、彼の野音ワンマンライヴの恒例化は、実現したらとても嬉しい。カラスの鳴き声、時折上空を飛ぶヘリコプター、行き交う自動車の音、周囲には官庁・オフィスビル群……ごく普通の東京の風景・生活音と地続きの野音は、理不尽と幸福が複雑に入り混じっている日常を静かに愛させてくれる星野源の音楽を聴くのに、最高の空間であった。(田中大)
星野 源 @ 日比谷野外大音楽堂
2012.05.13