インキュバスのメジャー・デビュー・アルバム『S.C.I.E.N.C.E.』のリリースは1997年だから、リンプ・ビズキットとほぼ同期、KOЯNは少しだけ先輩で、リンキン・パークは少しだけ後輩にあたる。
彼らの立ち位置をヘヴィ・ロック、ニュー・メタル、ファンク・メタルといったカテゴリー上で確認すると、そういう座標が導き出されるわけだが、インキュバスの25年以上のキャリアは彼らがその座標からどんどん逸脱していく歴史でもあった。
彼らのサウンドは間違いなくヘヴィだし、確かにメタルの要素はある、そしてもちろん強烈にファンクだけれども、同時にインキュバスはそのすべてから常に少しズレた場所でユニークな個性を花開かせてきたバンドだからだ。昨年リリースされたニュー・アルバム『8』を引っさげての3年ぶりの単独ツアーとなった今回の来日公演でも、それは不変だった。
2000年代後半にぽっかりブランクがあったものの、2010年代に入ってからの彼らはコンスタントな活動を再開し、日本にも途切れることなく来てくれている。近年の彼らは充実期、安定期と呼ぶべきコンディションをキープしていて、その余裕と自信のようなものが今回のステージにも漲っていた。
新作『8』は初期のフリーキーなミクスチャー・サウンドと、『モーニング・ヴュー』(2001)以降のチルでオーガニックなオルタナ・ロックが混在した集大成的な一作だったが、ゆったりミドルテンポで風格を感じさせる王道アメリカン・ロックの趣の“Love in a Time of Surveillance”、超絶タイトな8ビートとメタル・リフが渾然と鳴った“Nimble Bastard”という、実に対照的な新曲が『モーニング・ヴュー』期を代表する名曲“Warning”を挟んだ冒頭の緩急は、まさに『8』のインキュバス、集大成のインキュバスを象徴する幕開けだ。
瞬間沸騰&問答無用のヘヴィ・ロック・アンセム“Megalomaniac”も、ピコピコしたシンセ・ループと、ブランドン(Vo)がしゃがみこんでマイク(G)のエフェクターを弄りまくってのサイケデリックな音色が絡み合う“Paper Shoes”も、どちらも等しくインキュバスらしさが凝縮されたナンバーだ。しかも“Anna Molly”を筆頭に、彼らの多くの曲においては重く分厚いノイズの壁をすり抜けるように繊細なアルペジオがさざめき、圧倒的強度でしなるファンク・グルーヴは、なぜか締め付けるのではなく大らかな解放感を伴って中空で楕円を描く。ヘヴィ、メタル、ハードと称されるサウンドの中にも常に柔らかくファジーな「猶予」を残しているのが彼らの面白さだということが、目の前で次々と証明されていくのだ。
“Wish You Were Here”はインキュバスの転機作『モーニング・ヴュー』の中でもとりわけ大胆な新機軸を打ち出して大ヒットしたナンバーだが、DJキルモアのスクラッチと、侘び寂びの極みのようにミニマムなディレイ・ギター、そしてそんなギターの曖昧な足取りを追いかけ、巻き込んでいくようなドラムスのポリリズムと、この日のパフォーマンスは際立ってユニークだった。アウトロでピンク・フロイドの同名曲“Wish You Were Here”をマッシュアップしてくる演出もニクい!
“Pardon Me”、“Circles”といったアンセムが立て続けにドロップされる中盤は満を持してダイバー続出の鉄火場に。ライブ後半の恒例行事(?)で半裸になったブランドンがジャンベでパーカッションに参戦し、長大なジャム・セッションと化した“Sick Sad Little World”のインタールードは圧巻だ。
ちなみに“Sick Sad Little World”は、その圧巻のセッションを暗黙の了解として仕切っているマイク・アインジガーというギタリストの異才っぷりに、改めて驚かされたパフォーマンスでもあった。足下に無数のエフェクターを要塞のように配置し、それらを忙しく使い分けながら、いかに爆音を響かせようとも、どんなに会場が熱狂しようとも、淡々とした平熱の佇まいをキープしてプレイし続ける彼は、ヘヴィ級タイトルマッチのリングにライト級なのにうっかり登ってしまったボクサーのように見える。
いや、見えるだけではなく、ファンクネスを軽々と緩め、一瞬でノイズを鎮火させる静かな迫力を湛えた彼のギターは、まさにライト級のボクサーが一発で巨漢のチャンピオンをノックアウトするようなプレイなのだ。真綿で石を包むようなインキュバス独特のヘヴィネスは彼のギターなくしてありえなかっただろうし、ブランドン・ボイドという華のあるフロントマンと、彼の無二の親友であるマイクの陰陽のコントラストみたいなものが、インキュバスの一筋縄ではいかない「ズレた」魅力の根源にあるのかもしれない。
この日はINXS の“Need You Tonight”のカバーも披露。80Sエレポップとプリンスばりのファンク・ポップが交互に顔を出す最高に楽しいプレイで、インキュバスのまさにズレた魅力の真骨頂だろう。インキュバス流至高のバラッド “Drive”から幾度も転調していくインキュバス流ミクスチャー “The Warmth”へと、対照的な名曲で締めくくったアンコールも、彼ららしかった。(粉川しの)
〈SETLIST〉
Love in a Time of Surveillance
Warning
Nimble Bastard
Anna Molly
Glitterbomb
Megalomaniac
Paper Shoes
Wish You Were Here
State of the Art
Pardon Me
Circles
Echo
Pantomime
Loneliest
Sick Sad Little World
Talk Shows on Mute
Need You Tonight
I Miss You
No Fun
Encore:
Drive
The Warmth