米津玄師@代官山UNIT

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美しいステージだった。初のワンマン・ライヴであり、本人は「実質的に初めてのライヴです」と語っていた『米津玄師 Premium Live “帰りの会”』。会場は東京・代官山UNITである。とても良い会場だが、4月にリリースされたセカンド・アルバム『YANKEE』はオリコン2位(1st『diorama』は6位)であり、それほどのヒット作を携えたアーティストのライヴとしては、とても需要に応え切れるキャパシティではない。チケット争奪戦は熾烈を極めたし、チケットを手にすることが出来なかったファンからは残念な声も上がっていた。米津玄師は、なぜこのサイズの会場でライヴを行うのかという理由を、自身のツイッター・アカウント上で説明している。表現者が多くの受け手と直接的に繋がることが出来る、そんなインターネット文化を背景に活躍して来た米津玄師にとって、初めて本格的に、人前でライヴを行う機会というのは、とても大切で慎重にならざるを得ない、大きな葛藤を孕んだ事柄だった。

開演時間を過ぎたところで客電が落ち、フロアからはわあっと歓声が沸き起こる。ステージには丈の長い柄物の衣装を纏った米津玄師が、堀正輝(Dr)、須藤優(B)、中島宏(G)という顔ぶれの、『YANKEE』製作陣でもあるサポート・メンバーたちと共に登場。マーチング・ビートが沸々と立ち上がり、スクリーンに映し出された幻想的なアニメーションを背負って、4人は『diorama』のオープニング・ナンバーでもあった“街”を奏で始める。ファンファーレのように華やかなサウンドを搔い潜って届けられる、芯の強いリード・ヴォーカル。このとき、米津玄師の視界にある街が、世界が、オーディエンスの眼前に具体的な手応えをもって広がり始めた。

米津玄師@代官山UNIT
そして『YANKEE』の冒頭に配置された“リビングデッド・ユース”。同期のコーラスやシンセ・サウンドを交え、勢い良くバンド・サウンドが跳ね上がる。若い世代が抱えた閉塞感を垂れ流しにするのではなく、音楽に込めた軽快さとユーモアで踏み越えてゆくこの痛快さはどうだろう。一斉に腕を掲げ揺らすオーディエンスだったが、続くシングル曲“MAD HEAD LOVE”の狂おしさを掻き立てる響きで更に熱量が高まる。音楽にイラストに言葉にと、恐るべきレンジと精度で発揮される米津玄師の表現力は、バンド・パフォーマンスにおいても同様だ。練り込まれたメロディと歌詞、細やかなブレイクが仕込まれたスリリングな楽曲群を、メンバーとの絶妙な呼吸で乗りこなしてゆく。序盤3曲で、今回のステージにかける意気込みの大きさは完璧に伝えられてしまうのだった。

「どーも初めまして。すごい優しいねみんな(笑)……じゃあ、よろしくお願いします」。最初の挨拶を簡潔に済ませると、ギターを中島一人に任せてフォーキーな“駄菓子屋商売”、オリエンタル&ストレンジなアンセム感で迫る“百鬼夜行”、そして玄妙なコード進行にアイロニーを織り交ぜるエンヤトット・ブギー“ホラ吹き猫野郎”と楽曲群を畳み掛ける。性急なスピード感の割にそれぞれの楽曲群に込められた情報量は膨大だが、それに気圧されることも無く、本当に初ライヴなのかという雰囲気で楽しそうに間の手を加えてゆくオーディエンスも頼もしい。「4月に『YANKEE』というアルバムを出しまして。知ってますか? 知らなかったら教えてあげようかと(笑)」。地元・徳島での幼馴染みであるという中島も、米津の振りに応じて黄色&紫色のカラーリングを施したギターを紹介し「サツマイモって言われる」と笑いを振り撒いてくれる。緊張どころか、のびのびとした調子で和の情緒と郷愁を運ぶ“海と山椒魚”を歌い上げ、“vivi”の美しいイントロに歓声が上がってはモノクロームのアニメーションと共に披露される。宅録アレンジで発表されたオリジナル音源が、バンド編成のライヴにより、その歌詞と相まって「遂に、ファンの胸元に直接届いた」という感慨を育んでくれた。そして“メランコリーキッチン”を挟むと、“乾涸びたバスひとつ”“アイネクライネ”といったミディアム・テンポのエモーショナルな楽曲群がフロアを包み込んでゆく。

米津玄師@代官山UNIT
「今まで作った曲は、全部自分のために作ったんじゃないかという気持ちが拭えなくて。それがみんなに届いて、誰かのために機能してるってことはあっても、曲だけがこう、大きくなっていって。僕は個人主義で、バンドって、チーム・プレーじゃないですか。だからライヴは自分とは縁のないものだと思っていて。それが今度は、一人では出来なくなって。半径5メートルの中で、自分の尻尾を追いかけてぐるぐると回っているような、そういうことはやめようと。今日集まってくれたみんなは、自分のために作った曲を受け止めてくれる人じゃないですか。そういう人達と、ちゃんと向き合って話をしたいなと思って。集まってくれる人のために、音楽を作ろうと。ライヴはまだ苦手で、本当はやりたくなくて。ここに立つのも苦痛だったんですけど、今は不思議と、みんなの顔が良く見えるんですね。そっち側(フロア)にいた頃には気づかなかったことで。音楽やっていて良かったな、と思いました。感謝の言葉を伝えたいです」。米津玄師は、慎重に言葉を選びながら、そんなふうに語っていた。

米津玄師@代官山UNIT
もちろんこの日のステージは、最初から個人主義的に「閉じた」ムードは皆無だった。心境の変化に応じて入念に準備を進めて来た米津玄師と、それを支えるバンド・メンバーと、待望感に胸を膨らませたファンの心情が、ぴったりと噛み合ったライヴだったからだ。しかし、このときのMCは、“しとど晴天大迷惑”からの本編ラスト・スパートで真に遠慮なく熱狂に飛び込むための、合図のようなものだった。“ゴーゴー幽霊船”の捻くれたポップ・センスを全身で分かち合い、ファストな“TOXIC BOY”で跳ね上がり、そして本編ラスト“WOODEN DOLL”は、あたかも「ステージ・パフォーマー米津玄師」の誕生を祝うかのように鳴り響いていた。ステージから立ち去ろうとする4人に、面と向かって浴びせかけられるアンコールの催促が可笑しい。

Tシャツ姿で再登場した米津玄師は、ミラーボールの柔らかな光が降り注ぐ中で“サンタマリア”を披露すると、あらためてバンド・メンバーを紹介し、「初めてで不安もあったけど、単刀直入に言うと楽しいです!」と笑顔で告げる。そしてハチ名義で昨年発表した“ドーナツホール”を、極めつけにはハチ名義のアルバム『OFFICIAL ORANGE』で歌った“遊園市街”も届けてくれた。何か、これまでの創作活動にひとつの決着を付け、新たなフェーズに踏み出すような、実にドラマティックな初ワンマンであった。「それでは、これで『“帰りの会”』を終わります。みなさん、気をつけて帰ってください」。その一言のために仕込まれた公演タイトルだったか、というオチまで、まったく見事というより他にない。さあ、今度はその姿を、より多くのファンに見せてあげて欲しい。(小池宏和)

■セットリスト

01.街
02.リビングデッド・ユース
03.MAD HEAD LOVE
04.駄菓子屋商売
05.百鬼夜行
06.ホラ吹き猫野郎
07.海と山椒魚
08.vivi
09.メランコリーキッチン
10.乾涸びたバスひとつ
11.アイネクライネ
12.しとど晴天大迷惑
13.ゴーゴー幽霊船
14.TOXIC BOY
15.WOODEN DOLL

(encore)
16.サンタマリア
17.ドーナツホール
18.遊園市街
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