そんなレトロマイガール!!の魅力をひもとくべく、メンバー3人にインタビュー。rockin'on.com初登場ということで、バンド結成のいきさつや音楽的ルーツからじっくり語ってもらった。2026年、レトロマイガール!!はさらにシーンを盛り上げる存在となるはず。要注目!
インタビュー=杉浦美恵 撮影=藤井拓
──今回は初インタビューということで、バンド結成の経緯から教えてください。自分で曲を作って音を鳴らしたいと思ったときには弾き語りとかシンガーソングライターという選択肢はなくて、バンド以外は考えもしなかったです(花菜)
花菜(Vo・G) 私たちは今年24歳になるんですけど、出会ったのは高校1年のとき。それぞれが別の高校で軽音部に入っていて、その頃はライブハウスで顔を合わせる友達でした。私が高2の終わりから高3のはじめくらいにオリジナル曲を作り始めて、一緒にやってくれるメンバーを集めようとしたときに、ふたりに声をかけたのが始まりです。
──このふたりにお願いしようと思ったのはどんな理由で?
花菜 私と同い年のドラマーの中でも「2強」と言われる存在がいて、ひらおか(Dr)はそのひとりでした。すごくドラムが上手くて。あやき(B)は、もともとプリクラを一緒に撮りに行くくらいの仲で。でも、あやきは高校の軽音部ではベース希望やったのに、ベース希望の子が多すぎてボーカルをさせられていたかわいそうな子やったんです(笑)。それで、私の歌をずっと好きだって言ってくれてたから、力量とかはまったく知らないけど、「一緒にやりたい」と言って誘いました。
あやき 私でよければと。ベースを弾けるのが嬉しかったです。
ひらおか でも僕は一度断ったんですよ(笑)。
──え、なぜ?
ひらおか 当時付き合っていた彼女がいて。そのとき、花菜とあやきは他校の女友達っていう感じだったので、その子たちと一緒にバンドやるのは「ちょっと嫌」みたいな(笑)。
花菜 そらそやな(笑)。でも結局は私たちとのドラムを選んでくれたんです。
──(笑)。では、それぞれが音楽をやり始めるようになったきっかけを教えてください。
花菜 うちの家族はみんな歌が好きで、お父さんは昔「歌手になりたい」と思っていたことがあったり、お母さんは保育士をしていたので家にピアノがあったりという環境でした。という中で、私自身が音楽をやるようになったのは──親戚のおじさんが昔使っていたクラシックギターがあったんですけど、中学3年の受験期に、それがちょっと気になって弾いてみたのが最初ですね。それで高校で軽音部に入って、コピーから始まり、先輩に「曲作ってみなよ」って言われて作り始めるようになったという。
──軽音部ではどんなコピーを?
花菜 あいみょんさんとかコレサワさんとか。バンド寄りだとHump Backとかいろいろですね。どのバンドのコピーっていうより、当時のバンドのメンバーがやりたい曲をやってました。
──花菜さんはシンガーソングライターとしてひとりで表現するよりもバンドでやりたかったんですね。
花菜 そうですね。ギターを弾き始めたきっかけは、それこそシンガーソングライター、たとえば(酸欠少女)さユりさんだったりするんですけど、自分で曲を作って音を鳴らしたいと思ったときには弾き語りとかシンガーソングライターという選択肢はなくて、バンド以外は考えもしなかったです。
──あやきさんは?
あやき 私はもともとダンスをずっとやっていて。だから高校もダンス部に入ろうとしたんですけど、そこがあまりにも遊びの部活だったのでやめました(笑)。どうしようか考えてるときに、andymoriのコピーをしている先輩と、きのこ帝国をコピーしている先輩を見て、私はどっちのバンドも大好きだったから、かっけえって思って。かつ、ベースがかっけえって思って入ったんですけど、「歌えるなら歌って」って言われて、ボーカルをやってましたね。そこでは、きのこ帝国とかyonigeとかをコピーしてました。
──ボーカルは不本意だった?
あやき はい。「嫌やー!」って泣きながら歌ってました(笑)。
──(笑)。ひらおかさんは?
ひらおか 僕は、高校で軽音部に入ったときからドラムを始めました。それまで音楽には全然興味がなくて、ずっとサッカー部、ドッジボール部、ソフトテニス部と運動部ばかりだったんです。でも練習しんどいから嫌で、高校は文化部に入りたかったんです。それで、楽器とかできたら面白いかなって軽い気持ちで軽音部に。最初にほぼ全部の楽器を体験するんですけど、ドラムがいちばん面白かったんですよね。それで、おいしくるメロンパンとかポルカドットスティングレイのコピーをしていました。
──その後、最初のお話の通り花菜さんの声がけで3人が集まり、バンド活動をしていくうちに、これは本腰を入れてやっていきたいと思えるようになっていったと。バンドとしてやりたい音楽の感じがちょっとずつ変わってきてる。それなら全部新曲で入れたほうが、聴く人にも今のバンドの音が伝わりやすいかなと(ひらおか)
花菜 明確に覚えているのは、1st EPの『愛情日和』をリリースしたあと、インディーズのバンドが好きな方がSNSでレトロマイガール!!の動画を投稿してくれていて、「いいね」が4000くらいついてたんですよ。それを見て、あ、ちょっと広がっていったかもという感覚があって。そこからライブを重ねるうちに、「あれ? ちょっと来てくれる人が増えた?」みたいな。そのあたりから、バンドでやっていくってこういうことなんやなって思い始めて。ふたりは大学に行っていて、私は専門学校だったので2年早く卒業していたんですけど、もしふたりが就職をするのなら、そのままバンドは趣味で続けていくのかなとか、覚悟してた部分もあって。でも、結局ふたりはバンドの道を選んでくれて、そこで本腰を入れてやろうと思えた感じでした。だから、わりと最近ですね。
あやき 2年前とかですね。自分自身、就職どうしようかと考えるタイミングで、ちょうど(事務所・レーベルの)大人の人たちから声が掛かったというのもあって、就職をしないでバンドを頑張るという道が結構明確に見えたというか。
ひらおか 僕も就職するつもりで、大学3年くらいまでは悩んでいたんですけど、そのタイミングでバンド活動をやっていきたいと思えたんですよね。
花菜 もしふたりが就職するって決めたなら、私に止める権利はないなって思ってたんですよ。だから、その答えは怖くてずっと訊けずにいたんです。訊いたらそこで終わるんじゃないかって。でも、今お世話になってる方たちと出会って、所属とかのお話をいただいたので、「あの話、どう?」ってふたりに訊いたら、さらっと「いいと思う」って言ってくれて。私がさらに頑張って曲書かなって思いました。
──そこでひとつ、大きな責任も感じたというか。
花菜 ほんまにそうです。
──そしてこの2年、順調にライブを重ね、積極的に音源制作も行なって、ついに1stアルバム『MY GIRL』が完成。全曲新曲で、レトロマイガール!!の魅力を多様な楽曲で表した充実作となりました。当初、どういうものにしようと考えていましたか?
花菜 まずアルバムを作るワクワクが強くて、あまり全体像を考えるということはなかったんですけど、ひらおかが「全部新曲で出すのもいいんじゃない?」って言い出して。それこそレコーディングさせてもらえる環境があるのはありがたいことやから、できるならやってみたいなと。
ひらおか 最近、バンドとしてやりたい音楽の感じがちょっとずつ変わってきてるというのもあって、それなら全部新曲で入れたほうが、聴く人にも今のバンドの音が伝わりやすいかなと。でも、自分はマジで音楽に興味がなかった人間なので、アルバムというものに対しての解像度も低くて。よく考えれば、普通は今までの人気曲とかも数曲は入れるよなって。
花菜 遅っ(笑)。
あやき 私もアルバムのことをあまりわかってなくて、だから全部新曲で作るっていうことのすごさもわからなかったんですよね。それに、まだ出してない曲がめっちゃあったんですよ。私が「これも作りたい」「あれも完成させたい」とか言ってたら、それだけでもう10曲出たんで、じゃあこれで作っていけばよくない?みたいな。
花菜 これまでミニアルバムは出したことがあっても、既存の曲に新曲を加える形だったんです。だから今回は、全部録り終えてミックスも終わったときの達成感はすごく大きかったですね。自分が作った昔の楽曲って、改めて聴こうとはなかなか思わないんですけど、今回のは車を運転するときとかにも聴いたりするくらいには気に入っています。