YUIや絢香、そして最近だとVaundyやChilli Beans.といった鋭い感性を持つアーティストを輩出している音楽塾ヴォイスから、またしてもユニークなアーティストが現れた。彼女の名は松田今宵。今年9月にYouTubeで“彼女はマドンナ”“バースデー前夜”というオリジナル曲を発表し突如シーンに登場したシンガーソングライターである。ともすれば日常の隙間に埋もれてしまいそうな感情を独特のセンスで言葉とメロディ、そしてサウンドに変えて生み出される楽曲たちは、一度聴いたら忘れないキャッチーさと強烈な個性を併せ持つ。そんな彼女が、10月、11月と立て続けに新曲をリリース。初めてのドラマタイアップとして土ドラ『あたりのキッチン!』のオープニング曲に起用されている“甘じょっぱい”と、時系列としては初期に作った曲だという“西日暮里の緑”。どちらもそれぞれのベクトルを持ちながら、より歌が立ち、ポップスとして明らかに強度を増している。まだそのキャリアをスタートさせたばかりだが、早くも進化ぶりを見せつけている松田今宵というアーティストの正体に迫る初インタビューだ。
インタビュー=小川智宏 撮影=三川キミ
何かあったとき用のノートがあって、書きたくなったらそこにバーッて書くんです。嫌なこととかあったときに、そうやって一度外に出しておくと楽になれるから
――9月に公開した“彼女はマドンナ”と“バースデー前夜”という楽曲で本格始動したわけですが、それまではどんなふうに音楽をやってきたんですか?「私は高2の頃から音楽塾ヴォイスに通っていて。その頃から本格的に音楽を勉強しだして、数年前にヴォイスのYouTubeチャンネルでオリジナル曲を上げたのが最初ですね。最近はDTMでの編曲も勉強しているので、自分で作詞作曲編曲をやっています」
――ヴォイスに入ったっていうことは、そもそも音楽を作ることに興味があったということですよね。
「そうですね。ずっと音楽はやりたいと思ってたんですけど、なかなか親に言えなくて。原体験的なことを話すと、小学6年生のときに、学校の音楽会で学年ごとに演奏を披露する場があったんです。私はピアノを担当したんですけど、当時の私にとっては難しい譜面で、すごく頑張った記憶があって。それで、本番を迎えて演奏し終わったらアンコールをいただくことができて。幼いながらに『届いた』と感じて、音楽の力ってすごいんだなと漠然と思ったんです。そのときから音楽はいつかやりたいなと思っていました」
――めちゃくちゃ華々しい原体験じゃないですか。
「本当ですか? それをルーツと言っていいのかな?って思ってたんですけど(笑)。それで、高校生のときにやっと親に言えたという感じでした」
――今僕らが聴ける松田今宵の音楽は数曲だけなんですけど、聴いていてすごく不思議だったのは、曲ごとに顔が違うんですよ。曲調も歌の表情も全部違う。“甘じょっぱい”や“西日暮里の緑”といった新しい曲は、“彼女はマドンナ”“バースデー前夜”と違うニュアンスがある感じがする。
「何が違うんだろう……作った順番としては、“西日暮里の緑”が実はいちばん古いんですよ」
――ああ、そうなんですね。これ、すごくいい曲ですよね。ちょっと前の曲だからより弾き語りっぽい感じが残っているのかな。メロディがすごくくっきりしていますよね。
「作っている感触としては、私にとってはあまり変わらないかもしれないですね。ただ“甘じょっぱい”は初めてのドラマタイアップということで、そのドラマの原作になってるマンガを読んで書いたので、自分の中から作るものとは違う引き出しにはなったかなと思ってます。いつかやってみたいなって思ってたので、やれてよかったです。でも基本的に私は自分が体験したことからしか作れないなって思っていて。これからどう変わっていくかはやってみないとわからないんですけど、少なくとも今は自分が体験したことや親しい友達から聞いたことしか書けないんですよね。なので、過去の日記とかノートとかを見ながら書いたりすることもあって。何かあったとき用のノートみたいなのがあって、書きたくなったらそこにバーッて書くんです。嫌なこととかあったときに、そうやって一度外に出しておくと楽になれるから」
「人と違うことをやろう」って思っていて。「これじゃ普通だよ、松田今宵がやる意味ないよ」って周りにも言われるんです
――なるほど。今「嫌なこと」って言っていましたけど、歌詞を拝見すると、ハッピーなことじゃなくて、どちらかと言うとまさに嫌なことや苦しいこと、切ないことが曲になる人なんだなっていうのはすごく感じます。「そうですね。『日々のモヤモヤ』って私はよく言うんですけど、そのモヤモヤの部分を曲で消化したいなって思っていて。たとえば“彼女はマドンナ”だと……私は『自分が好きな人の好きな人は好きにはなれない』って思っていて。好きになれないというより、もう憎いなみたいな感情ですよね。そういう私の幼い気持ちがもとになっているんです。それって誰しも体験したことがあるんじゃないかなと思って。そういう恋愛って結末が見えきっているので、思いを伝えずに終わってしまうことが多いと思うんですけど、そんなモヤモヤ、小さい失恋を無理やり、投げやりにでもちょっと笑って消化できたらいいなと思って書いたのが“彼女はマドンナ”っていう曲だったんです」
――“バースデー前夜”は?
「“バースデー前夜”は友達がインスタのストーリーで『誕生日の前日ってなんか泣きたくなるんだよね』みたいなことを書いてて、それを見て『わかる!』って思って書き始めた曲です。誕生日の前日ってひとつ年齢を重ねるっていうところで焦りを感じたり、1年前の自分と比べて全然変わってないじゃんって思ったりして、なんか落ち込んじゃう気持ちを特に感じやすい日だと思うんです。でも、自分も含め何かを成し遂げたいとか頑張りたいと思っている人に対して、『頑張っていることを終わらせるのは今日じゃないでしょう』みたいな。まだまだ明日もあるんだから終わらせるのは今じゃないってちょっと鼓舞するような意味も込めて作りました」
――どっちの曲もまさに言われてみたら「わかる」っていう感情を歌っているなと思うんですよ。でもこれを歌にしようと思った人って、今までそんなにいないんじゃないかとも思うんです。そういうものを見つけて音楽にするのが上手というか、好きなんでしょうね。
「あ、そうですね。そうせずにいられないっていう感じ。『人と違うことをやろう』って思っていて見つけたのがそこで、ちょうど自分に合ってたんだなと思います。『このモヤモヤをどう消化しよう』って常に考えているので、それが歌詞やサウンドに出ていると思います」
――「人と違うことをやろう」という気持ちはやっぱり強い?
「そうですね。『これじゃ普通だよ、松田今宵がやる意味ないよ』って周りにも言われるんです。ヴォイスという環境がそういうふうに育ててくれたのかなって思います」