今年のはじめ、アニメ『僕のヒーローアカデミア』第6期の新しいオープニングテーマになるというニュースと共に、Eveの新曲のタイトルが発表された。そのタイトルは、“ぼくらの”。ひらがなで柔らかく綴られた、複数形の主語。その字面を見ただけで、無性にドキドキした。
複数形の主語を扱うには覚悟がいる。そこに他者を巻き込んでいるという自覚、どんな場合においても、「僕ら」から阻害されたと感じる「僕」の存在がどこかにいることへの自覚――そうした自覚のもとで綴られるべき主語だから。私のようなメディアで文章を書いている人間には、そう簡単に扱うことはできない。では、それが音楽ならどうか? 創作ならどうか? 創作の中で、複数形の主語は創作者の理想や祈りを指し示す時空を超えた道標になりえる。あるいは、その創作者が「僕」という孤独を掘り下げた果てに、「僕ら」という主語が純粋に立ち上がってくる場合だってあるだろう。Eveが、その領域に踏み込んだ――“ぼくらの”というタイトルを見た時に私が感じた高揚は、そういうものだった。
“ぼくらの”というタイトルはきっと、タッグを組んだ『僕のヒーローアカデミア』がタイトルに「僕の」と単数系の主語を使っていることや、その物語の内容から着想を得たものだろう。こうして様々なカルチャーや作品と絡み合いながら自らの表現の領域を拡張し、深めていくEve。実際に届けられた“ぼくらの”は流麗さとダイナミズムのバランスが素晴らしい1曲で、Eveが確かに未来へ行こうとしていることを感じさせる曲だった。
そんな“ぼくらの”を表題曲として収録した4曲入りEPが届けられた。“ぼくらの”の他には、映画『ブラックナイトパレード』の主題歌として書き下ろされ、昨年配信リリースされていた“白雪”、森永製菓「受験にinゼリー2023」TV-CM曲として書き下ろされた“黄金の日々”、そして「ギャツビー メタラバーシリーズ」のプロモーションタイアップ曲として書き下ろされた“虎狼来(読み:コロロン)”の3曲が収録されている。4曲すべてがタイアップソング。Eveが時代に何を求められているのか、それが鮮明に見えてくる作品である。
EPは、“ぼくらの”で幕を開ける。《白も黒もない世界/憎しみの奥で泣いていた》――そう歌う歌い出しには、解決のない世界で行き惑う心が描かれているが、疾走するサウンドの中で、その心はいつしか《不確かな存在だっていい/確かな答えもなくていい/ただこの虚しさと寂しさに/苛まれようが》と、自らの不確かさも、虚しさすら受け入れ前に進む強さを抱き始める。変化をもたらすのは《君》の存在。Eveは、「僕」が「僕ら」に至ることの強さを、独りよがりな誇大妄想ではなく、その胸の中に他者を宿した主人公の、孤独だけど孤独じゃない、複雑であたたかな眼差しの中に見出している。
続く2曲目は、8月のアリーナツアーのタイトルにもなっている“虎狼来”。ダンスフィール溢れるエレクトロニックな1曲で、曲の抑揚に馴染む柔軟なフロウが見事だ。《井の中の蛙大会優勝者 未練たらたら/SNSに夢中 自尊心なんてとうに無いなって》――そんなリアルな言葉も印象的なこの曲の前提にあるのは、閉塞感のある世界で、心まで閉じてしまいそうな人の姿。しかし、否が応でも身体を突き動かすサウンドの野性味、それに《ありきたりな人生に 今ピリオドを打て》というパンチラインが、「おまえの人生を誰かに飼われるなよ」と訴えかけてくる、そんな力強い1曲。
聴き手に訴えかける力強さという点においては、3曲目“黄金の日々”も負けてはいない。音楽性は、表情豊かなアコギの響きも印象的な爽やかでリズミカルなバンドサウンドだが、歌詞の世界観は“虎狼来”にも通じている。ぶっきらぼうな“虎狼来”に対して“黄金の日々”の聴き手への語り口は優しく穏やか。しかし、両曲共に歌詞に《衝動》という言葉を使っている点において、どちらの曲も聴き手の本能や本心に語りかけようとしていることが伝わってくる。
最後を飾るのは“白雪”。この曲で《君》を胸に生きる主人公の姿は、EPを通して聴くと“ぼくらの”のアナザーストーリーのよう。聴けば、誰しもがその人生に物語を抱いていることを思い出させる。人はいつだって孤独であること、しかし、人はひとりでは生きられないこと――それらが絡み合う「生」の姿を描きながら、EveはEP全体を通して聴き手に「声」を投げかけている。その声は未来の見えない暗闇を歩くようにこの時代を生きる私たちに友のように寄り添い、また私たち一人ひとりも声を発する主体であることを思い出させてくれる。
“ぼくらの”で歌われる印象的なライン――《誰一人も欠けちゃならない》。繊細に編まれた複数形の主語の奥で、Eveは友に向けて、この時代のヒーローは誰であるかを伝えている。(天野史彬)
(『ROCKIN'ON JAPAN』2023年5月号より)
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行き惑う魂を掬い、救う、4つの結晶。EP『ぼくらの』が届ける、時代が求めたEveの声
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