会場となった六本木・STB139 スイートベイジルは、ジャズなどを中心に演奏されているクラブで、吉井和哉もMCで「普段、六本木とか行かないので、スイートベイジル初めてです」と言っていたが、自分も足を運んだのは初めて。エヴリシング・バット・ザ・ガールや、ジャコ・パストリアス、スティーリー・ダンがBGMとしてかかるムーディな雰囲気のなか、19:06、客電がゆっくりと落ちていく。総勢10名にも及ぶバンド・メンバーが次々とステージに現れるなか、最後に吉井が姿を現すと、客席から待ってましたとばかりに拍手と歓声が飛ぶ。ウェス・モンゴメリーのような天野清継(G)のギターのフレーズから始まった1曲目は“20 GO”。ボトムの効いた吉田佳史(Dr)と井上富雄(B)によるリズム隊、弦一徹(Violin & Trumpet)、カメルーン真希(Violin)、森琢哉(Viola)、村中俊之(Cello)、武嶋聡(Sax & W.W)、鶴谷崇(Piano)といったメンバーによる流麗な音像のなか、音源やこれまでのライヴとはまったく違うアレンジで演奏されていく。
吉井がバックのバンド・メンバーになにかを語りかけ、笑いも起こるなか始まった2曲目は“CALL ME”。1曲目は静謐なアレンジだったが、この曲のメロディに乗って、バンドはどんどんスイングしていく。2コーラス終わったところで、曲の途中、吉井は「こんばんは、スイートベイジル。短い時間ですけど、楽しんでいって下さい」と、この日初めて客席に向かって語りかけ、ハンドクラップを巻き起こす。そして、この曲が終わったところで、本日最初のMC。「今日はね、大事なことをいろいろ言わなきゃいけないんで、いつもうわずちゃって、イェーイで終わっちゃうから、今日はiPadを見ながらMCしてます」と説明。会場に触れて「ベイジルと打ったら、米汁と出てきちゃった(笑)」という吉井らしいMCもカッコワライまでiPadを見ながら読み上げられる。でも、その後ポツリといった一言が胸に沁みた。「米はアメリカでもありますからね。アメリカの汁という意味では米汁でもいいのかなって」。欧米で生まれたポップ・ミュージックに魅せられ、それを日本で血肉化するということ、吉井和哉のソロ・キャリアの10年とは、そこに実直に向き合ってきた10年だった。そして、その歩みを照らすようなライヴを最も近いファンの前で行うこと、そんな機会がこの日だった。
そのうえで、次に披露されたのが、昭和歌謡のカヴァー“夢は夜ひらく”というのが、実に吉井らしいし、素晴らしかった。先日亡くなった藤圭子を含め、多くの歌手に歌われてきたこの曲だが、吉井はこの日本で生まれたポップ・ミュージックを正面から歌ってみせる。吉井和哉が昭和歌謡を歌うというと、その色気たるやすさまじいのだけれど、しかし、この日は、それ以上に、曲の持つ業をえぐりだすような凄絶さがあった。その意味で吉井が歌うと、「歌謡曲」ではまったくなくなってしまう。ヨシッと手応えを感じるような掛け声から演奏された4曲目は、今年リリースされたベスト・アルバム『18』に収録された“血潮”。これぞ吉井節というメロディを持つ曲だが、その声量がすさまじい。あらためて僅か200人というキャパシティの会場で、吉井和哉を観るという贅沢を感じずにはいられない。その想いは、続いて演奏された “Beautiful”でも変わらない。ヴァイオリンとチェロの荘厳な響きと共に、この名曲が1コーラスはストリングスだけをバックに歌われる。
年末には12月7日にさいたまスーパーアリーナで、12月28日にマリンメッセ福岡でライヴを行う吉井だが、さいたまスーパーアリーナ公演はレコーディングに参加してきた海外ミュージシャンをバックに行われ、マリンメッセ福岡ではおなじみのツアー・メンバーをバックに公演が行われる。この2公演も、きっと次に向かうためにやらずにはいられない公演なのじゃないかと思っている。吉井和哉が突っ走ってきた10年の持つ意味の大きさ、そして次に向かう覚悟、その一端が見えた一夜だった。(古川琢也)
1. 20 GO
2. CALL ME
3. 夢は夜ひらく
4. 血潮
5. BEAUTIFUL
6. SWEET CANDY RAIN
7. MY FOOLISH HEART