ブレット・アンダーソン @ 渋谷duo Music Exchange

全15曲。その全てがブレット・アンダーソン名義のソロ・ナンバーだった。しかも来年リリース予定の新作からのナンバーも数曲披露されるという、完全に未来志向のライブだった。

これって凄いことだと思うのだ。3月のロイヤルアルバート・ホールでのスウェード再結成ライブ、そして12月のO2アリーナ公演を含むスウェードの欧州ツアーが発表されている今、つまりスウェード再評価熱が過去数年において最も高まっている現時点において、彼が自身のソロ・ステージにスウェードのナンバーを1曲や2曲混ぜ込んできたところで誰も文句を言わないどころかむしろ歓迎されてしかるべき状況において、それでもブレットという人はソロ・ナンバー・オンリーのセットリストを貫くのである。

ブレットの中での「ソロはソロ、スウェードはスウェード」という線引きはすなわち、現在と過去の厳密な差別化でもある。彼が今そういう境地に立てたのは、現在=ソロに絶対の自信を持てているからだろうし、同時に過去=スウェードをその再結成を経て初めて対象化できたからだとも思う。

2008年の来日公演では2部構成のスタイルを取り、1部がソロ、2部がスウェードと楽曲の住み分けをさせていたブレットだが、今の彼には最早そういう「応急処置」的な差別化は必要ないのだろう。スウェードの呪縛から逃れる手段としてのソロ・ワークから、初めてソロ・アーティストであること自体に意味を見出すに至った最新作が『スロー・アタック』であり、この日のショウはそんな『スロー・アタック』からの楽曲を中心に構成されていた。

ブレットが弾くピアノとチェリストの最小編成だった前回来日に対し、今回はギター、ベース、ドラムス、キーボードを引き連れた久々のバンド編成だ。ブレットが楽器から解放されたことで久々に復活したのがブレットのダンス……というか、タンバリンをブチ叩きながら前後左右に腰をくねらせるあの独特の動きだ。オープニングの“HYMN”からダンスも歌声も煽りもいきなりのトップギア、スウェード時代を彷彿とさせる……というか、それ以上のパワーを搭載した最新最強のフロントマンがそこにはいた。

93年のスウェード初来日から欠かさず彼のステージは見続けているが、断言して言えることがあるとしたら、2010年現時点におけるブレット・アンダーソンが身体のキレ&声の出共に過去最高なコンディションにあるということだ。しかもパワフルでアンセミックな彼の身体能力の「出力」を抑える方向で作られていた2作目『ウィルダネス』の楽曲とは対照的に、『スロー・アタック』の楽曲にはMAXの出力を善とするアレンジが施され、完璧ロック・モードに成り替わっている。

そして何より驚かされたのは、新曲があまりにも素晴らしいってことだった。『スロー・アタック』を助走として新作はさらなるロック・アルバムになるとブレットも言っていたが、そんな彼の言葉を裏付けるように、アップリフティングで開放的な響きを持つ新曲がオーディエンスの心をがっつり掴んでいく様が圧巻だ。実際、どんな既発曲よりも“UNSUNG”“ACTORS”といった新曲のほうが、歌い終わった後のオーディエンスの歓声は大きかったと言っていいだろう。語弊を恐れずに言うならば、ブレットの次なるソロ新作はスウェードにおける『セカンド・カミング』のようなアルバムになるんじゃないだろうか。そんなことを思わせる内容だったのだ。

途中“EMPRESS/CLPWNS”から始まったブレットのセミアコ弾き語りのセクションは、座ってるのももどかしいと言わんばかりに弾き語りの静謐をブチ壊すような迫力のアカペラへと移り変わり、“BACK TO YOU”以降の後半戦は文字通りロック! ラストの“FUNERAL MANTRA”はブレットの原風景であるセックス・ピストルズをサイケデリックに拡大解釈していくようなとんでもないアレンジが加えられており、ウワンウワン鼓膜を刺激するフィードバックを掻きわけ、突き破るように歌うブレットは未だかつて体験したことのないゾーンに立っていた。

スウェードのように善と悪、光と闇、陰と陽を分けるもうひとつのペルソナを演じることもなく、仮想のドラマツルギーに頼ることも無く、今のブレット・アンダーソンはその身体ひとつでスウェード級のカタルシスを生じさせる表現者となっていた。スウェードが再結成し、ベスト盤のリリースも決まった今、それでも自身の軸足は、そして未来は、ブレット・アンダーソンとして独り立つことにこそあるのだという自負と証明が、そこにはあった。

年末にかけて行われるスウェードの再結成ツアーと来年のソロ新作。そのふたつはどうやらブレットの中では別個の、まったく別の意味を持つものらしい。別の意味を持つからこそソロ新作を引っ提げての来日もあるだろうし、同時にスウェード再結成のツアーで日本に来る可能性もゼロではないという。来年はファン冥利に尽きる年になりそうだ。(粉川しの)
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