──そういう意味では、今年ヒットした“痛いの痛いの飛んでいけ”はかなり確信的な曲でした?人生はコメディだと思ってて。今こんなに満ち足りてないんだよってスクリーンでやって、誰かの元気が出るなら最高
そんなに難産じゃなかった記憶があって、スッと出た感じ。イントロのリフからするっと流れるように作ったのがよかったのかなと思います。肩肘張らずに作った曲だからみんなも聴きやすかったのかなと思いますね。作ったときはそんなに自覚していなかったんですけど、ライブでやることになってバンドメンバーに渡すと「あの曲いいね」って言ってもらうことが確かに多かった気はして。
──じゃあここまで跳ねたのは意外だったと。
ビックリですね。まあ、いろんな運や要素が重なった結果で。それこそMVも擬態するメタっていう方が“心臓”と“錠剤”をやってくれていたという歴史の積み重ねもありました。擬態するメタも3作やるからこその面白みを乗っけてくれたし、僕も彼らと3作目をやるならっていうことで、アッパーだった過去2曲に対してちょっとローな曲をあえて投げた。そういう要素も重なってこれくらいの伸びに繋がったのかなと思います。
──そこから“きれぇごと”と“コラージュ”を経て、今回リリースされる“素晴らしき世界”。今まで描いてきた世界やそこに出てくる言葉からすると、こんなタイトルの曲が出てくるか!と驚きました。
確かに(笑)。タイトルでこんなあからさまに言うのは初かなと思います。ボカロでは怒りが強めの曲が多かったんですけど、聴いてくれる人がすごく増えてからは、最終的に前向きになれる曲にしたいというのがあって。僕が学生の頃に好きで聴いていたアーティストも卑屈なんだけどどこか前向きで、そういうものを聴くと「俺と同じこと思ってる人いるじゃん」っていう嬉しさがあったんです。学生時代は友達も少ないし成績もよくなかったけど、生きてこれたのは音楽のおかげだと思うし、自分と同じような人が今、学校や職場にいるなら、絶対そういう存在になったほうがいいと思ってますね。
──そもそもTOOBOEさんって、ここでいう世界というものを、どういうふうに見ている人なんだろうなって。
そこで言うと、この曲が今いちばん自分の中でアップデートされた価値観な気はしますね。やっぱり人生はコメディだと思っていて。映画とか観ていても、コメディって誰かの悲劇じゃないですか。誰かの悲劇を観ることがコメディだという表裏一体なところがあって、『トゥルーマン・ショー』とかそういうイメージですね。悲しい人を観てみんなが笑うのがエンタメなら、今僕がこんなに満ち足りてないんだよっていうことをスクリーンでやって、誰かの元気が出るなら最高だねっていうモチベが、この曲を含め最近の自分にはあります。ここにあるエピソードが全部本当かと言えば全然そんなことはないですけど、僕は「なんかわかるよね」っていう歌詞を書くようにしているから、聴いた人も「その感じわかる」って人生がコメディなことに共感してくれれば、明日から楽しいんじゃない?って思ってますね。
──サウンドに関しては不穏な要素もなくはないですが、かなり明るい印象のある曲ですよね。
明るいですね。ライブの最後とかにやって、みんなが楽しく帰れる曲になればいいなって今は思ってます。純度100%自分な曲がまたバンドメンバーの手に渡ってお客さんとのやり取りの中でどうなるか、楽しみです。
──そして今回も“目眩”というカップリング曲があって。「チェンソーマンの人です」って言ってた1年から、もうそうじゃないですっていう更新をしたい。だから“痛いの痛いの飛んでいけ”を出せたのは吉報でした
いつもB面はシングル曲が決まってからリリースまでの間に作るので、“きれぇごと”みたいな速い曲だったらバラード寄りにしようかなとか、逆で作るんですけど。今回は珍しくすげえ昔の曲を掘り出したんですよ。昔の曲を聴き直したときに「なんでこれはリリースしてないんだろう、いいのに」みたいな曲が結構あったんです。その中で“素晴らしき世界”のB面に合いそうな曲がたまたまあった。歌詞は4年ぐらい前のままなので青いなと思いますけど、こういう「〜だよな」とか「〜さ」みたいな今はしていない言い回しがあるのもいいなって。
──歌詞はだいぶ無常感が滲んでます。
何考えてたんでしょうね?(笑) なんか、暗いんですよね。無常感と復讐感が強かったんだと思います。その時期を経てアルバムを出したあとの今は、わりとそこから抜けた肩の軽さというか、若干明るくはなってるんだなって、この2曲を見ると思いますね。
──この2曲が今年最後のリリースとのことですが、あらためてどんな1年でしたか。
まあまあ上出来だと思いますけどね(笑)。TOOBOEの今のキャリアはこうです、2024年のTOOBOEはこれを聴けば間違いないぞ!っていうアルバムを作って、それを世間に配りながらツアーをして。で、アルバムのあとに出すシングルには気を遣ったんですけど、それもいい感じに波及して。
──アルバム以降の心持ちって、第2章みたいな感覚が強いんですか?
めちゃくちゃありますね。“目眩”は例外として、『Stupid dog』が出たあとの曲は新しく作ってますし。アルバムまでの最初の2年は「これがTOOBOEだ!」という、サウンド面でわかりやすくカテゴライズすると“心臓”、“錠剤”、“敗北”とかのガチャポップで面白いのが俺だ!っていうことをやっていたんですけど、今ずっと考えてるのは「脱・錠剤」とか「脱・心臓」をするフェーズに入ったなということで。「チェンソーマンの人です」って言ってた1年から、もうそうじゃないですっていう更新をしたい。だから“痛いの痛いの飛んでいけ”を出せたのは吉報でしたけど、今度はそのイメージをつけたくないので、また新しいことをやって。ゆくゆくそれがどういうアルバムになるかはわからないですけど、それを楽しみに作ってます。
──常に裏切り続けるし、反復もし続けるということですね。
フェスとかに“錠剤”の人として出るのももういいかなって思って(苦笑)。もちろん作品には感謝しかないですけど、“錠剤”だけじゃないんだってことを教える年に入った気はしますね。新しいことができそうなお仕事は前のめりに聞いてますし、そこからいいものが生まれたらいいなと思います。『Stupid dog』を出した1年は「馬鹿馬鹿しさのある人です」っていうのをやってきましたけど、来年はもうちょっと落ち着いて、シニカルにいこうかなって。文学性や文化度の上がった、長年愛されるような歌謡曲を出せたらいいですね。