もはやディランやスプリングスティーンと同列に語られるべきだと、ニック・ケイヴの新作を聴く度に思う。ふたりと同様に作品のクオリティは長らく高止まりしており、創造意欲は枯れることなく、この最新作は前作『ゴースティーン』から僅か1年半で完成。それがザ・バッド・シーズの18枚目ではなく、長年の音楽的相棒であるウォーレンとの連名作品となったのは、ロックダウンの制約で全メンバーを集めるのが困難だったからなのだろう。
とはいえ、ウォーレンは何でも弾きこなすマルチ・インストゥルメンタリスト。そんな彼が、エレクトロニックなテクスチャーと弦楽器のオーケストレーションで丁寧に作り込んだサウンドスケープがニックの歌に寄り添い、ミニマルを極めた『ゴースティーン』よりも、遥かに抑揚に富んだ作品が誕生している。
そして本作はもちろん、「普通の生活は突然終わる」と歌う“Balcony Man”然り、“Albuquerque”然り、随所でパンデミックに触れているのだが、ニックの関心事は今に限定されていない。彼は自分の人生を振り返り、人間の歴史を俯瞰して、これまでに堆積した過ちに審判が下る日を待っている。そう、大きな悲劇に見舞われた世界で、息子の死を悼んだ前作のそれとは別種の哀しみや恐れを、あらゆる人々と共有している。何しろタイトルは、“災厄”や“大量虐殺”を意味する単語。この男の基準に照らしても、アポカリプティックなこと極まりない。
他方でここには、「kingdom inthe sky(天の王国)」という言葉がある種の目的地として繰り返し登場し、彼は全編を通して、愛と救済と赦しを説いている。楽観的とは言わないまでも、生き延びるべき理由を幾つも提示し、時にユーモアさえ覗かせて。絶望と希望激しい明滅に、目が眩みそうだ。(新谷洋子)
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