名プロデューサーかトリックスターか。トレヴァー・ホーンの新作アルバムは、やはりただの80年代焼き直し作品ではなかった!
2019.01.31 19:12
トレヴァー・ホーンという人は、アーティストのプロデュースを通して、その時代の音を新たに生み出しては塗り替えていくような稀代の名プロデューサーである。自身のバンド、バグルスでは次世代を見据えたポップ作品を生み出し、中でも“Video Killed the Radio Star(邦題:ラジオ・スターの悲劇)”(1979年)は、後のMTV時代の到来を予見し、ラジオからヒットソングが生まれる構図が消えていくことを軽やかなデジタル・ポップに乗せて歌にした。そしてバグルスでの活動と同時期に、ホーンは後期イエスにもボーカリストとして加入。しかしアルバム『ドラマ』(1980年)をリリースし、そのツアーを終えるとイエスは活動休止する。ということもあり、その後オリジナル・メンバー復帰による再結成を果たしたイエスの『ロンリー・ハート』(1983年)にホーンがプロデュースという形で携わったことのほうが、印象的にも功績的にも大きいと思う。
イエスはこの作品で商業的にも大成功を収めることとなったが、シングル・カットされ世界的ヒットとなった“Owner Of A Lonely Heart”のイントロにおける、あのアタック感の塊のような、デジタルなオーケストラル・ヒットの発明は、後の音楽シーンに多大な影響を与えた。あの「ジャッ!」というひとつの音が、世界に与えたインパクト。それは、アルバムや楽曲をプロデュースするというよりも、バンドそのものの方向性やリスナーに与えるイメージを躊躇なく更新するものでもあり、そのいささか強引とも言えるセンセーショナルな方法論に、当時は否定的な意見も少なくなかった。
さらに策士としてのトレヴァー・ホーンを印象付けたのは、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドのプロデュースだった。デビュー曲“Relax”(1983年)は、確信犯的に猥雑で性的な内容の歌詞で各国で放送禁止になり、次作“Two Tribes”(1984年)では一転、冷戦時代にあったソ連とアメリカが戦争に突入する危機を歌い話題をさらう。すべてホーンのイメージ戦略だとも言われ、フランキーは「トレヴァー・ホーンの操り人形」などと揶揄されることもあった。と同時に、ホーンの作り出すサウンド像は、そのまま80年代の音楽シーンを牽引し、今や、その時代を象徴する音として、彼の手腕の確かさ、先見性、さらには、そこに実は宿っていた普遍性には高い評価が集まる。80年代を象徴するような、ABCの“The Look Of Love”(1982年)、ゴドレイ&クレーム“Cry”(1985年)など、多くのヒット曲を生み、その後もシンプル・マインズから808ステイト、ロッド・スチュワートからt.A.T.u.、ベル・アンド・セバスチャンまで、現代まで多くのアーティストのプロデュースを手掛けては、ホーンでなければ引き出せないアーティスト性や変革を表現し続けている。
かつてはサンプリングやデジタルな先鋭サウンドで時代を挑発し、また、アーティストの隠れた魅力を先鋭的な変化球サウンドで表出させる、そんなトレヴァー・ホーンが最新作として手がけるのは、『トレヴァー・ホーン リイマジンズ 〜 ザ・エイティーズ・フィーチャリング・ザ・サーム・オーケストラ』と題した壮大なコンセプト・アルバムだ。自らが手掛けた作品を中心に、80年代のヒット曲の数々を、フルオーケストラで再現しようという試みである。
リアレンジした楽曲のボーカリストとして、ロビー・ウィリアムズやジム・カー(シンプル・マインズ)、トニー・ハドリー(元スパンダー・バレエ)、オール・セインツなど、豪華なシンガー陣をそれぞれ意外な楽曲に当て、新しい楽曲として蘇らせているのが実にトレヴァー・ホーンらしい。オーケストラも、穏やかに普遍性を表現するというよりも、いわばホーンの攻撃性のようなものを感じるアレンジだったりして、80年代にデジタルなサウンドを駆使しヒットさせた楽曲たちを、逆に生音で塗り替えてモードをチェンジさせるような、アグレッシブな気概に満ちた作品になっているのが面白い。件の“Owner Of A Lonely Heart”などは自身がボーカルを取り、生音の力強くも緻密なサウンド・アレンジとともに美しい歌声を聞かせてくれる。さすが、トレヴァー・ホーン。単純に「80年代ヒットの総集」という形にはならないと思ってはいたが、この冴えたオーケストラのリアレンジで原曲を塗り替えるという作業が、実は今後の音楽シーンを再び予見しているようにも思えてくる。
ヒット曲満載なので捨て曲なしなのは間違いないし、すべて予想をうまく裏切るリアレンジ&新ボーカル。まずは収録曲および参加しているボーカリストの名前をチェックしてみてほしい。当時を知る人ならなおさら、この内容に触手が伸びないわけがない。そしてまたトレヴァー・ホーンの術中にはまる自分。やっぱりそんなトレヴァー・ホーンが大好きなのである。(杉浦美恵)