── そういう「パスピエのポップス」という視点もありつつ、アートであるという意識はパスピエの音楽に通底している部分でもあって。そこを譲らないという点においては、パンキッシュなくらい尖鋭的な部分も持っているバンドだと思うんです。今回のアルバムも、そこは譲ってないけど、でも世の中を睨んでるわけでもなく、目を背けているわけでもなく、視線は優しいなあというか。楽器としては、大胡田のボーカルに助けられることは多いですね。音楽的に振り切っちゃっても、パスピエという色が出てくれる(三澤)
成田 そうですね。たぶんパスピエってずっとどこにも属してないバンドで。時代感的にも、ライブハウス全盛期にギリ足を突っ込んでいながら、「CDから配信」の時代になって、それからまた今SNS全盛の時代になって⋯⋯「この時代を経て、これを軸に進んできたバンド」っていうものがずっとない中でやり続けている自覚がありますね。なおかつ、アートに通ずる部分で言うと、さっき「肉体的」っていう話はしたんですけど、作品にしろライブにしろ、「音楽体験を届けたい」っていうのがあって。だからこそ、最初の頃は顔出ししてなかった時期もあったんですけど──まず「自分たちよりも芸術が前にありたい」っていうのは思っています。
── “青々”のイントロとか、“しあわせの気配”Aメロのオルタナっぽいギターアレンジは、バンドとしての肉体性を感じさせるところでもありますよね。
三澤 確かに。アルバム全体のテーマではあるんですけど、「どう斜め上から攻めていこうか?」っていう。僕自身は「ポップにしよう」と思っていろんなことをやってるわけではないんですけど、結果できあがったものがポップになっているというか。たとえば“しあわせの気配”は、あのギターが入ることによって曲の包容力が際立ったり、“アソビバ”にはちょっと民族的なフレーズが入ってるんですけど、違う要素が入ることによって、曲のトラック感が際立ったりとか。そういうことが今回はより多い気がしますね。
露崎 さっきの「どこにも属してない」の話じゃないですけど、いつにも増して今作は「属してない感」が出ていていいなって思ってます(笑)。アルバムを全体的に見て、バキッとした明確な色っていうよりかは、パーツごとの色がはっきりと出ていて、千差万別に捉えていただけるんじゃないかなって。曲に関してもいつも以上にバリエーションに富んでいると思うし、その中でいわゆるポップスの枠をいい意味で飛び出してない、絶妙なところに収まったかなっていうのも感じているので。その辺りも楽しんでいただきたいですね。
── “DOWNTOWN GIRL”も、あえてみんなが知ってるシティポップっぽさに接近するようなアプローチでもあったかもしれないですね。「でも、よく見ると違うぞ!」みたいな。
成田 うんうん。それで言うと大胡田の声こそ「どこにも属してない」ので。曲を作る身としては、「オールドディスコみたいなのをパスピエがやったら⋯⋯」みたいなことを考えるんですけど、オールドディスコと大胡田の声って対極にあって(笑)。そこの掛け合わせが新しいパスピエの答えになるんじゃないかなって。
── そういう意見についてはどう思います?
大胡田 ああ⋯⋯そうなんですね、って(笑)。最初は認めたくない自分もいたんですけど、今はどの曲を何風に歌っても、自分の声は自分にしかならない。歌詞を書きながら「曲の中、楽器の音の中で、使いやすい声だな」って思ったりします。とてもシリアスなことを──もちろん比喩ですけど──能天気に歌っても、そのままの意味にならないというか、意味ありげになるような、想像の余地が残されるような声だと思うので、いろんなことを歌いやすいなとは思います。
三澤 楽器としてはそれに助けられることは多いですね。ある程度、音楽的に振り切っちゃっても、大胡田のボーカルによって、パスピエという色が出てくれるので。いろんなアプローチ、いろんなジャンルをやってきたと思うんですけど、自分的にも「パスピエらしいな」っていう部分がちゃんと残っているので⋯⋯ありがとうございます。
大胡田 こちらこそ、なんか⋯⋯ありがとうございます(笑)。
── あと、“しあわせの気配”って、もっと聴かれてもいい名曲だと思うんですよね。この取材日の2月頭の段階では、サブスクでは他の新曲のほうが上位なんですけど──。今作は『わたし開花したわ』以来の、ポップスを意識した曲たち。でも「ポップスバンド・パスピエ」とは言われたくない(笑)(成田)
大胡田 私もそう思います。ね?
── 世間一般的な「ハートフルな名曲バラード」という括りに入れられたとしても、全然遜色ない楽曲だと思います。
成田 そうですね。気づいてくれる人には気づいてもらえるように、どの曲もアプローチを考えているところではありますし。話が脱線しちゃうんですけど、僕はお笑いを観るのがすごい好きなんですよ。「今までこの漫才師さん観たことなかったけど、年齢見たら40歳、でも初めて観たらめっちゃ面白い!」みたいな発見もあって。ずっと自分の刃を研ぎ続けていて、「本当は面白い」って気づく人も一定数いる。僕らもずっと刃を研ぎ続けているので、気づく人は気づくっていう状態を、もっともっと膨らませられたら、僕らも面白い景色を作れるんだろうなと思います。
── 「この曲、何かタイアップついてたっけ?」って、慌てて資料を見直しました。
成田 (笑)。その辺は反骨精神というか⋯⋯タイアップがついてない曲のほうが、より大衆的に作ってる、みたいなところはありますね(笑)。
大胡田 “しあわせの気配”は、それこそ15周年のライブで、弦とかも一緒にやってもらったからできた感じの曲ではあると思う。
成田 そうね。あの景色をそのまま作品にトレースしたっていうのはあるかもしれない。僕らは作品作りの根源として、過去に得た体験を基にしているというよりは、「今回はどういうシステムでいこうか」みたいな判断をして曲を作っていくことが多いので。システマチックに作ろうとすると、できあがってくるサウンドもどんどんドライなものにはなってくるけど、大事にしたかったのは肉体性だったりもするから。その掛け合わせを、それこそ“しあわせの気配”はどうやって──システムがよぎらないように作るか?っていう。そこは考えましたね。
── 最後の“もしもし未来”は、幕切れ!っていう感じではなくて、セッションっぽいラフな感じで終わっていきますよね。
大胡田 そうそう、露さんもね(笑)。
成田 今作は『わたし開花したわ』以来の、まっさらな土地でポップスを意識して作ってやろう、っていうことで叩き台を作っていった曲たちだけど、「ポップスバンド・パスピエ」とは言われたくない(笑)。だから、「なんじゃこりゃ?」っていう終わり方になってます。
── パスピエの持ってる、パンキッシュな譲らない部分の発露が、鋲のついた革ジャンとかではなく、カラフルなサウンドとして出てるっていう感じがしますね。
成田 そうですね。最初のほうを聴いて「はいはいシンセポップね」って思ったリスナーがいたら、「うるせえ、最後まで聴け!」って(笑)。
── 結成17年目の今、この4人が何ひとつ譲ることなく、自分たちの音楽に意味を与え続けてきたんだな、ということがよくわかるアルバムだと思います。で、いろんなサウンドの窓を新しく開けている作品でもあるし。
成田 いろんなジャンルに手をつけていると、バンドを続けやすくなってくると思うんですよね。20代前半とかで、確固たる音楽性を作り上げて、そこから15年、20年とやっていくと⋯⋯年取ってから若かった頃の真似事をしても、見え方が違うものになってくると思うし。振り返ってみた時に、自分たちがバンドとして生きやすい礎を、ずっと作り続けてたんだなって。どの世代にもキャッチしてもらえるような作品になったらいいな、っていうのはアルバムの中でも考えていて。BPMひとつ取っても、今の自分たちにとっては昔よりミドルなものが心地よかったりするんですけど、その心地よいビート感をどう細分化して、若い人に「この曲のビート感、アガる感じでめっちゃ気持ちいい!」と思ってもらえるか。“煩悩ゴーウェスト”も、めっちゃ速くて目まぐるしい曲に見えますけど、実はハーフビートで、実際のBPMの半分のビートを軸に、それを細かくしているだけなので、そういうことは考えてますね。
── 5年後、10年後も楽しみになるような話で、いいですね。発売後すぐツアーも控えてますし。
成田 ライブはね、バンドの生業ですから。僕らはツアーをやる時、絶対リリースツアーになっちゃうんですよ。毎年アルバム出してるから(笑)。
── 「今回はリリース関係ないんですけど、だからこそ独自の内容で⋯⋯」っていうツアーがあっても不思議じゃないですけどね。
成田 そうですね。でも最近は、その反応がもはやいちばん嬉しくて。変すぎて笑える、みたいな(笑)。今回は「意味新」っていうタイトルなので、パスピエらしいツアーになるんじゃないかなと思いますね。