音楽サイトでなぜいきなり織物の話?と思うかもしれないが、そのキリムの織り方のひとつである「ジジム」に由来を持つバンドが、この記事で紹介するセクステット(=6人組)バンド・JIJIMである。ボーカルでありソングライターであるシンジュ(Vo)が中心となりメンバーを集め、ジャン・ジンペイ(G)、オクム(B)、カガミ(Dr)、ヒトカ(Key)、ホリ!!!(AG・Syn)によって2022年5月から活動をスタート。自主レーベル・Kilim recordから精力的な楽曲リリースを続けている。
一つひとつ手仕事で織られるキリムがごとく、JIJIMは音源でもライブでも打ち込みやシーケンスを使わない。6人全員が一音一打一声に愛を込めながら、スキルフルなプレイで曲の物語を織り上げていく。音楽性はシンジュが影響源として挙げている星野源や大橋トリオ、ノラ・ジョーンズを彷彿とさせるアコースティックサウンドを基調としながら、まさに「ジジム」(キリムに刺繍のようなあしらいを施す織り方)のような複雑なコード進行や意外性のあるリフが彩りを加える。
なぜノスタルジーを感じるのか──。それは、JIJIMがいつも「彼方にあるもの」を歌っているからだと思う。“ヘルシーラヴ”では《少しも味がしなくなるまで》噛み締める《あの日の幸せ》を。“ナガグツボーイ”では無知ゆえに無敵だった幼少期の自分が《唯一使える魔法》を。“デイジーレイニー”では《ずっとずっと奥の方》に仕舞い込んだ《あの日の喜び》が雨のように降り注ぐ瞬間を。“ブレイク・ソング”では《幾つかの季節を重ねて/ゆっくり目を閉じた》愛を抱えながら別の道を歩き出すふたりを──。
ノスタルジーとは、「過ぎ去った日々を懐かしむ気持ち」や「新天地から故郷を想うこと」を指す。これまでのJIJIMは上記で挙げたように主に「過ぎ去った日々を懐かしむ気持ち」を紡いできたが、4月9日リリースの“スタンドバイユー”、そして5月2日リリースの最新曲“カラスフライト”では「新天地から故郷を想うこと」にまで手を伸ばし始めた。
いつから
同じような景色が続いて
霞むほど遠い青
あの日の事も
懐かし微睡に変われば今もまだ
記憶のどこかの薄匂いも
忘れる事すら出来ない今日も
心は踊って
いつかを夢見てどこかへ飛んでゆく
走り去る朝と
やってくる夜の狭間で
いつも想う、あの日を想ってる
(“スタンドバイユー”)
街はどこからか吹く夜風に冷やされて
ショーウィンドウに映るそれも揺らめき立つ
いつか待ち合わせに使ったあの坂の麓は
今も出来損ないの信号機に照らされ
改札はゴールテープ、快速は担架のように
不安定なまま僕らを知らんぷり宙に投げ出す
(“カラスフライト”)
昨年末に上京したシンジュが綴るさよならの《約束》や都会で抱える《孤独》はリアルな体温を持っていて、それは彼のフォーキーなメロディセンスとソウルフルでハスキーな声によく似合っている。花井諒が編曲を手がけた“スタンドバイユー”は、ジンペイのエレキギターが表現する別れの慟哭をホリ!!!のアコースティックギターとヒトカのハモンドオルガンが抱き締めるようなアレンジが印象的な曲。大橋トリオの編曲による“カラスフライト”はJIJIMの新境地と言ってもいい曲で、オクムのベースとカガミのドラムによる緻密なリズムは、街をさまよいながら不定形な愛を探す《僕ら》の歩みそのもののようだ。
「上京」のようなわかりやすい居住地の変更は個々人の選択によるもので、普遍的な経験ではないかもしれない。しかし、ずっと同じ場所に住んでいたとしても目の前にある風景や身の周りの人々は時の流れによって移り変わるものだ。JIJIMはそんな無常の日々を生きる僕らをノスタルジーで包み込みながら、生きることの本質的な意味をそっと伝えてくれる。
これが愛?それが愛?どれが愛?
わからない僕らは
どうしようもないかもねって笑って
時に宵に日々に街に抱かれたままで
見当たらないそれを探している
(“カラスフライト”)
過去も故郷も実体があるものではなく、聴き手の心のあり方によってその姿形を大きく変える。だからこそ、そういった「彼方にあるもの」を歌うJIJIMの楽曲は、まるで織物が年月とともに風合いや手触りを変えるように、聴き手の人生の変化によってその意味や響きを深めながらエバーグリーンな魅力を放ち続けるはずだ。その始まりとなる今から、JIJIMという類稀な魅力を持つバンドにぜひ注目してほしい。(畑雄介)