わざわざ言うまでもないことだけど、ニッキー・ミナージュは、現在の米ヒップホップ界で、もっとも重要な女性ラッパーだ。これまでに発表した3枚のアルバムは、いずれも大ヒットを記録。セールス面はもちろんのこと、シーン全体への影響力という観点においても、文句なしの絶対女王=クイーンである。
ニッキーはもともとニューヨークの下町出身で、ラッパーとしての原点も、いわゆる“トラッシュ・トーク”を武器に切り込んでくる、正統派のNYスタイルにある。でも、彼女のデビュー・アルバム『ピンク・フライデー』(10年)が革命的にすごかったのは、そんなストリート仕込みのラップ・スキルを、キラッキラに輝くポップの世界と合体させてしまったことだろう。「ロマン・ゾランスキー(ニッキーの「激怒モード」の別人格)」をはじめ、複数のキャラを自在に演じ分けることで、彼女はディズニーランドならぬ「ニッキーランド」を作り上げた。スイッチの切り替えひとつで、キュートなバービー人形にもなれるし、ホラー映画のモンスターにもなれる。当たり前のことだけど、そんなヘンテコな(ハジけた多重人格的な)女性ラッパーは、彼女の他には誰もいない。他の誰もできないことをやれるからこそ、真の女王なのだ。
前作『ザ・ピンクプリント』から約4年ぶりにして、通算4枚目となる新作『クイーン』(この題名! このジャケ写!)においても、基本的なアプローチは変わらない。今回もまたリスナーは、2018年のニッキーが繰り出す「アトラクション感」満載の楽曲を、IMAXシアター級のスケールで体感していくことになる。
まずポップ寄りの曲から見ていくと、アリアナ・グランデとの再共演で、夢見心地なベッドルーム・ポップ“ベッド”があり、ザ・ウィークエンドと組んだリベンジR&B風の“ソウト・アイ・ニュー・ユー”がある。思いっきりベタなバラードの“カム・シー・アバウト・ミー”は今回唯一の歌モノで、彼女の「乙女的」なスイート感を満喫できる。かつてのEDM風サウンドはもう「なかったこと」になり、その代わり、最新のダンスホールやトラップ・ビートが全体の軸を成していく。
ご存じのとおり、このアルバムまでの道のりは決して平坦ではなかった。カーディ・Bをはじめ、後輩ラッパーたちの猛追撃があり、そのプレッシャーからか、発売予定日は何度も延期された。でも、そんな逆境が却って闘争本能に火をつけたのだろう。本作のニッキーは、ハードな「喧嘩モード」になればなるほど、ラップが冴えまくる。そのハイライトと言えるのは、アルバム発売直後からSNS上で大反響を巻き起こした“バービー・ドリームズ”だ。
ヒップホップの歴史に疎い方のために補足しとくと、この曲の元ネタはビギー(ノトーリアス・B.I.G.)である。NYヒップホップ界のレジェンドだったビギーは、94年に発表した“ジャスト・プレイング(ドリームズ)”という曲の中で、「俺がヤリたい人気R&Bシンガー」を実名でガンガン挙げてラップし(マライア・キャリーとかメアリー・J.ブライジとかTLCの3人とか!)、衝撃を巻き起こした。いわゆる「妄想ラップ」誕生の瞬間である。
そんなビギーの元曲のビートをほぼそのまま活かした“バービー・ドリームズ”の中で、ニッキーは現役のA級ラッパーたち(ドレイク、エミネム、リアル元カレのミーク・ミルなどなど)をどんどん実名で挙げていく……のだけど、ここでのニッキーは「自分がヤリたい男」を選んだわけではなく、逆に、彼らが「ニッキーのカレシになれない理由」を列挙し、順々にダメ出ししていくところがミソ。男たちのエロい目線をウィットで撃沈させる作りになっていて、このへんの絶妙なひねり加減は、さすが女王の真骨頂だろう。
他にも“LLC”ではゴーストライターを使ういんちきラッパーたちに強烈なジャブをかまし、久々のエミネムとの共演曲“マジェスティ”では壮絶ラップ合戦を披露。実質ラストを飾る“ココ・シャネル”では、なんと女性ラッパー界のラスボス、フォクシー・ブラウンとの夢の共演も実現。ニッキーの闘争心の原点は、やはり90年代NYヒップホップにあるのだと思い知らせてくれる。
全19曲。盛りだくさんで、バラエティに富んだアルバムである。全部の曲を等しく好きになる人はいないだろうけど、その「多重人格的」なモンスター感こそが、ニッキーの圧倒的な凄さだと思う。ソウル・ミュージック界のクイーン、アレサ・フランクリンは亡くなってしまったけど、ヒップホップ界のクイーンは、今、かつてないほどの戦闘モードで激しく燃えたぎっている。世界中の音楽ファンは、そのことを心から祝福すべきなのだ。(内瀬戸久司)
『クイーン』の各視聴リンクはこちら。
ニッキー・ミナージュ『クイーン』のディスク・レビューは現在発売中の「ロッキング・オン」10月号に掲載中です。
ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。