日経ライブレポート「ニッキー・ミナージュ」

 口パク(テープで歌を流し、実際は歌わないで歌うふりだけすること)を、これほどあからさまにやったアーティストはあまりいないのではないか。最近は口パクであることをあえて隠さず、一種公然の秘密とするアーティストも増えて来た。でも、そうしたアーティストも歌うふりをするしマイクを口に持っていくことくらいはしてみせる。しかしニッキー・ミナージュはそれさえしない。自分のヴォーカル・パートでもマイクを客に向けて歌わせ、スピーカーから彼女の歌が大音量で流れても全く気にしない。しかもほとんど全曲がそんな調子なのだ。この人に従来の常識は通じないと思った。

 デビュー・アルバムに続き、最近リリースされたセカンド・アルバムも全米1位。そしてマドンナからエミネムまで、多くのミュージシャンが彼女の才能を絶賛し、実際にコラボレーションまで行なっている。大衆的なメロディー・センスを持ちながら常に前衛的、実験的な姿勢で音作りに向かい、作曲作詞は無論のこと、トラック・メーカーとしてアレンジの才能も高く評価されている。ピンクのイメージ・カラーで分かり易いファッション・アイコンとして幅広い一般的な人気を獲得しつつも言葉はどこまでも鋭く、批評的であり反権力的である。まさにポップ・スターとして完璧な存在といえる。

今回のライヴは一時間強のコンパクトなものだったが、その全てが彼女の新しさと画期性を感じさせるものだった。口パクというのはとても分かり易い例だが、それ以外も従来のこうあるべきだという考えに拘束されない自由さに溢れる楽しいパフォーマンスだった。お客さんの満足度も高かったと思う。

5月23日、ZEPP TOKYO
(2012年6月4日 日本経済新聞夕刊掲載)
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