現在発売中のロッキング・オン7月号では、ザ・ストロークスの論考を掲載しています。
以下、本記事の冒頭部分より。
文=粉川しのザ・ストロークスの周辺が、にわかに騒がしくなっている。ニューアルバム『リアリティ・アウェイツ』(原題:Reality Awaits)のリリースを控えた時期なのだから、ニュースが増えるのは当然としても、26年のその盛り上がりは、新作の有無を超えたスケールになりつつあると言っていいだろう。背景には20年の彼らの復活劇があり、過去数年で進んだバンドの再評価があり、今、時代がストロークスと、彼らが体現するネオクラシックなロックバンド像を、強く希求していると感じるのだ。そんな彼らが話題を掻っ攫ったのが、4月のコーチェラだった。実に15年振りの出演であり、前回の11年はヘッドライナーだったが、その間にコーチェラはインディ/オルタナティブの祭典からポップの見本市へと様変わりした。しかし、今年はストロークスやジャック・ホワイト、インターポール、ナイン・インチ・ノイズ、ザ・エックス・エックス……といった、かつての同フェスのメインだったバンドミュージックが復活。ヘッドライナーこそポップ一色だったが、サブヘッド以下では25周年の節目に相応しい、原点回帰が見られたのが今年の特徴だ。そしてストロークスは、自身の再起動と共にロック復活をも賭す舞台となったコーチェラで、「待ち受ける現実(Reality Awaits)」を露わにしてみせた。彼らが第1週で明らかにしたのは、「それでもロックはポップに及ばない」という現実だった。バンドのコンディションは最高で、ジュリアンのボーカルも、23年のフジロックより遥かにエネルギッシュで伸びやか。“レプティリア”や“テイク・イット・オア・リーヴ・イット”が帯びた灼熱の熱気に、配信組は大興奮だった……のだが、画面から伝わってくる実観客の盛り上がりは、正直そこそこだった。「ジャスティン・ビーバーの前座ができて光栄だよ」と、彼らも自虐混じりジョークを飛ばしていたように、20年代のコーチェラは、今なおロックバンドにとってアウェイの環境であることは否めない。それでも今回のストロークスが凄かったのは、アウェイだからこそ、普段の自分たちのオーディエンスとは違う一般層に届く機会だからこそ、オーセンティックなロックバンドであることを、その意義を真正面から引き受けたことだった。(以下、本誌記事へ続く)
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