文=高見展
カニエ・ウェストの新作『Donda』が遂にリリースされたが、これがまたあまりにも素晴らしく濃厚な内容だ。本当ならこのアルバムは、全面自身の信心について語るクリスチャン・ラップ、あるいはゴスペル・ヒップホップといってもいい内容だった2019年の前作『ジーザス・イズ・キング』の続編となるはずで、実際、その続編の音源はドクター・ドレーに託されている伝えられてもいた。
しかし、その後、カニエは新作の内容の変更を続け、母親ドンダ・ウェストの名を冠した作品になることもその過程で明らかになっていった。では、なぜ今「ドンダ」なのか。2007年の彼女の急死の翌年、カニエは名作『808s&ハートブレイク』をリリースし、母親の喪失というエレジーをヒップホップとして歌い上げることになり、その作風をとてつもなく拡げることにもなった。
今回カニエがまたモチーフとしてドンダに向かったのは、それだけの人生の危機を迎えたからで、その危機とはキム・カーダシアンとの離婚に他ならない。大学教授でシングル・マザーでもあったドンダは息子のキャリアを後押ししただけでなく、その後は他界するまでカニエのマネージャーまで務めた人物だ。自身が双極性障害だと認めるカニエの感情の振れを含めて、おそらく彼がドンダから受けた指導や薫陶は計り知れないものだったはずだ。彼女なくして今のカニエはなかったというのは、間違いないことだろうし、そのことや本来の自分の姿はどういうものだったのかを確認していくのが今回の『Donda』のテーマなのだ。
2016年のツアー中に心神喪失状態に陥って病院へ担ぎ込まれた事件以降、カニエは自らの双極性障害を明らかにしたが、その一方で処方薬物が自分の精神と創作を蝕んでいるとも批判し、その後、断薬を宣言し創作活動に向かった。その結果が、2018年にリリースした『イェー』で、更に自分は神に活かされてきたという確信も得て、その確認のために『ジーザス・イズ・キング』を制作した。
言ってみれば、カニエは自身の表現と音楽をもってして、精神状態の不調を矯正したわけで、特に『ジーザス・イズ・キング』ではずっと不在だった父親にまつわるコンプレックスとも初めて対峙してみせることになった。しかし、その間も妻キムとの関係不全はおそらくずっと続いていたのだ。(以下、本誌記事に続く)
カニエ・ウェストの記事は、現在発売中の『ロッキング・オン』11月号に掲載中です。ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。