3月に東京で開催された、アンダーカバーの秋冬コレクション:ウィメンズ篇ランウェイでトム・ヨークの担当した音楽が話題だ(メンズ篇では『エヴァンゲリオン』も参入)。
『アニマ』発表時の英雑誌インタビュー向けフォト・セッションでもトムは同ブランドで固めていたし、昨年刊行されたアンダーカバー初のジン『SN』に貢献するなど両者の結びつきは強い。その縁の深さゆえに、「Creep Very」と題された同コレクションのいわば精神的支柱として、名曲“クリープ”提供が実現したのだろう。
とはいえこのコラボで披露されたのは、アコギの弾き語りを軸に、遠景で明滅するシンセ、ボイス加工、サビで降り注ぐメロトロン(?)を思わせるサウンド等がハイブリッドされた、過去数年の彼の「マン/マシーン」な感性を経由しての新バージョンだ。何より印象深いのはテンポの遅さで、原曲のほぼ倍=9分近くストレッチされた尺にわたって彼が聞かせるうめき、エモーショナルにもんどりうつ歌声は泥の中の匍匐前進を思わせる。そこに筆者はつい、コロナ禍で1年以上もの一進一退を繰り返してきた疲労となかなか終わりの見えない焦燥感――イギリスは欧州圏で最初にコロナ死者数が10万人を超えた国でもある――の重たい現実を重ねてしまう。
そんな状況にあっても、昨年レディオヘッドはインターネット上にライブラリーを開館し、トムは隔離生活中に新曲“Plasticine Figures”を公開。年末にブリアル、フォー・テットとの限定コラボ12インチもリリースし、政治的なツイートも盛んだ。創造性を維持している……どころか、この未曾有な事態に彼のインスピレーションは静かに沸き立っているし、だからこそトム・ヨーク・トゥモローズ・モダン・ボクシーズの度重なるツアー延期を始めとする不可避要素にぶつけようのない苛立ちを覚えもするのだろう。
しかし「Creep Very」は、現在多くの人々が抱える恐れや不安感と共に、その向こうにある希望を表現するコレクションでもある。その心情に共感したからこそトムも協力したのだろうし、この“クリープ”最新版を契機に過去1年をじっくり振り返り、前を見据えたいと思う。(坂本麻里子)
『ロッキング・オン』最新号のご購入は、お近くの書店または以下のリンク先より。