全18曲・CD3枚組(!)という新作アルバム『Have One On Me』の発売日=3月3日を目前に控え、麗しのハープ吟遊歌姫=ジョアンナ・ニューサムの来日公演が実現! ギター/ベース/ドラム/鍵盤というポップ・ミュージックの定石という足枷に囚われることなく、歌とハープ(と時にピアノ)を軸に、小編成のグループからフル・オーケストラまで駆使してその感情の揺らぎや批評精神を「本当は怖いグリム童話」のような音像に焼き付けていく彼女の真摯な表現は、04年のデビュー以降あらゆる世代/ジャンルのリスナーの心を震わせ続けている。6日:大阪/鰻谷sunsui、7日:東京/代官山UNIT、8日:東京/早稲田奉仕園SCOTHALL(追加公演)という3日間のジャパン・ツアーの中日となるこの日のUNITも、フロア後方までぎっちり満員だ。
が。19:11に登場したオープニング・アクトのdry river string(京都のアコースティック音楽職人4人衆)が30分ほどの演奏を終えてから、なかなかジョアンナが出てこない。もうハープはじめ機材はすべてセッティングされているにもかかわらず、だ。20分。出てこない。30分。まだ。さらに「お待たせして申し訳ありません。いましばらく……」というアナウンスが流れるに至っては、何か突発的なトラブルか?と場内の空気がにわかに色めき立つ。その後、ジョアンナ・ニューサム本人がいそいそとステージに出てきて、長い髪をかき上げながらハープのチューニングを始めたのは、もうすぐ20:30になろうかというタイミングでのことだった。それでも、彼女がハープを抱え、「Sorry! Hi!」と微笑んでから1曲目“Jack Rabbits”を恐るべき集中力でもって爪弾き歌い始めた瞬間、それまでのフロアの不穏な空気は一気にリセットされる。艶やかに音階を駆け上がり滑り降りる歌声も、豊潤なハープのアルペジオの音色も、白いドレス姿の佇まいも含めて、あれがセイレーンだったら誰でも海難事故必至の、呪術的な美しさを放ってしまっている。
3曲目から加わったサポート・メンバーは、ドラム&パーカッション、そしてギター/バンジョー/リコーダーその他、というシンプルな編成。だが、いやだからこそ、寓話の森の奥から突如街に飛び出してきてしまったような彼女のソングライティングの核心がより鮮明に感じられたし、10分近い長尺の曲も織り交ぜた展開からは「ポップ」という言葉では割り切ることのできない音楽の魔力をリアルに感じることができた。爆音もシャウトも速射砲ラップも電子音も出揃った2010年にあって、「歌とハープに最低限の伴奏とリズム楽器を加える」という、ある種最も原始的とも言えるこの日の彼女のアクトは、どこまでもラジカルで先鋭的に響く。“Bridges And Balloons”“Inflammatory Writ”のような定番曲も演奏しつつ、この日は“Have One On Me”“Easy”“Soft As Chalk”など『Have One On Me』の曲を積極的に披露し、来たるべき新作への手応えのほどを窺わせていたのが印象的だった。
「サンキューベリーマッチ、ガイズ!」という軽やかな挨拶と、目の眩むような濃密な余韻を残してセイレーン……いやジョアンナが去っていったのは22時を少し過ぎた頃のこと。明日(8日)の追加公演は「150名限定のアンプラグド・ライブ」だそうだが、サポート・メンバー含め終始ほぼアンプラグドだった内容をこれ以上どうアンプラグドにするのだろう?というのはちょっとだけ気になる。(高橋智樹)
ジョアンナ・ニューサム @ 代官山UNIT
2010.02.07