2年連続でサマソニに出演し、今回はいよいよ初のジャパン・ツアーを敢行中。ニューオーリンズ出身の4人組ロック・バンド、ミュートマスである。ライブ・バンドとしての認知は既に折り紙付きであり、やはりそういうアクトは開演前から期待感がぐぐっと膨らむ。8月にサマソニで見たばかりではあるのだけど、フル・セットのステージとなればやはり話は違うし、良いステージは幾ら観てもいいものだ。
さて、まずはオープニング・アクトとして、アラバマのベテラン・バンド、レミー・ゼロのフロントマン=シンジャン・テイトによるサイド・プロジェクトが登場。彼自身を含めて5人編成のバンドは、スキンヘッドのシンジャンによるメロディアスでナイーブな歌を中心に据えたパフォーマンスを披露する。なんだけど、このバンドのギタリストが「まいどー。じゃあやりましょうかー。盛り上がろうかー!」に始まり「僕ら日本で初めてのライブなんですけど……あれ? 英語の方がいい?」とか、挙句の果てには「あー、めちゃめちゃ緊張した」やら「頑張って勉強したんだよ」やら独り言のようなところまで流暢な日本語をポロポロ零すものだから、オーディエンスは大喜びしてしまう。負けじとシンジャンも最後には熱のこもったコール&レスポンスを巻き起こしたりして、たった4曲ではあったけど実に盛り上がった。グッジョブである。
そして大歓声の中にミュートマスのメンバーが登場。オープニング・アクトのおかげもあるだろうが、それをさっ引いても今回のオーディエンスが抱えた期待感と気合の大きさはすごい。ステージ上には上手からダレン(Dr.)、ロイ(B.)、ポール(Vo./Key.)、グレッグ(G.)というポジショニングだ。塊となって弾き出されたバンド・アンサンブルは、いきなり尋常ではないタイトさで迫り来るものであった。ニュー・アルバム『アーミスティス』のオープニングを飾っていた“ザ・ナーヴ”からのスタート。ポールはタンバリンを打ちつつ、軽やかにステップを踏んでマイクに向かう。フロアではのっけから大きなシンガロングが沸き上がってしまっていた。ショルダー・キーボードを抱えてもう1曲を歌いこなしたポールは、オーディエンスにこう告げる。「ようこそ、初めてのジャパン・ツアーへ!じゃあ、一緒に歌ってくれよ!」と、ここでドロップされるのはデビュー・アルバムからの疾走感溢れるナンバー“ケイオス”だ。ここでまたもや大きなシンガロングが。バンドとしての演奏力の高さがとにかく語られてしまうミュートマスなのだけれども、このバンドはソングライティング能力も相当に高い。メロディの芯が強いのである。
これ以後、バンドは2枚のアルバムからバラエティ豊かな楽曲群を次々に繰り出していった。「バラエティ豊かな」というのはこのバンドの場合、本当にさまざまなサウンドが繰り出されてゆく、ということである。ステージ上でまず目を引くのは他でもない、ダレンの圧巻のドラミングなのだが、その凄まじい手数からは意外なほど、この人のドラム・セットはシンプルに構成されている。それであの正確無比にして表情豊かな、時に鬼神のようなビートを叩き出すのである。あと、ミュートマスは打ち込みのサウンドも多用するのでダレンはずっとヘッドフォンでリズムをモニターしている。かなりの足かせになっているはずだ。それであのドラミングである。なんだろうなこの人は。一種の縛りプレイみたいなものなのだろうか。そして時折システム卓に向かって打ち込みを主に担当しているのが、ベーシストのロイである。きらびやかなエレクトロニック・サウンドや、まるでテクノみたいなノイジーなシンセ・ベースを繰り出している。ときにはグレンの脇に和太鼓のように横向きに設置されたタムをぶっ叩く。ギタリストのグレッグは軽やかなカッティングから広がりのあるギター音響までさまざまな音色を披露するが、それだけには飽き足らず鍵盤やマリンバにまで手を出す。そんな中で歌うポールは、一見大人しそうに見えるのに次第にエキサイトし出すともう大変、キーボードの上に乗り上がってはジャンプしたり、鍵盤の上で倒立したり鮮やかにヘッド・スプリングを決めたりするのである。
そういったパフォーマンスの中で最も不思議なのは、これだけ熱狂的なバンド・アンサンブルを繰り出すメンバー間の呼吸が、最低限のアイ・コンタクトだけで保たれていることだ。「音の熱狂の割に冷めている」と言ってもいい。素振りだけ見れば「みんな好き勝手にやっている」というような印象さえ受ける。しかし、一個の生命体としてガッチリまとまったロックの音塊が届けられるのである。不思議だ。まるで「それぞれに機能している体の内蔵が、いちいち話し合ったり楽しいとか言ったりするかよ」とでも言いたげな、余りにも自然で奇跡的なコミュニケーションがある。
ミュートマスは、レディオヘッドやアークティック・モンキーズらと同じように、ロックの「異化作用」を描くことが出来るバンドだ。従来のシステムの中に違和を感じ、だからこそ従来のフォルムを疑い、そして極めてポップなアートとして、自身のスタイルを打ち出すことが出来るロック・バンドなのだ。キャッチーな表現だが、果てしない紆余曲折とタフなバンド運営論のもとに成立するパフォーマンスなのではないかと思う。アンコールで、ダレンは自らのドラム・セットにどばどばとペットボトルの水を流しかけ、水飛沫を撒き散らしながらビートを刻み、そしてオーディエンスの中にダイブした。当たり前だが、「上手な演奏」を目指すミュージシャンだったら、そんなことはしない。それまではただ楽しい一心だったのだけれど、ふいに「彼をここまで追い込み、駆り立てるものは何なのだろう?」という思いに駆られて胸が締め付けられるようだった。
11/19(金)にも、渋谷でミュートマスの追加公演が行われる。パフォーマンスのスケール感といい、このサイズの会場で彼らを観ることが出来るのは、もしかしたらこれが最後かも知れない、と、終演直後に思った。(小池宏和)
ミュートマス @ 渋谷O-EAST
2009.11.18