日本武道館での追加公演を含めて全23本がスケジュールされた全国ツアー「おいしい葡萄の旅」の、丁度中盤戦にあたる東京ドーム3デイズ。その初日の模様をレポートしたい。2005年以来、およそ9年半ぶりの東京ドーム公演をいっぱいに埋め尽くす5万人を前に、全36曲ものナンバーを披露する3時間半。桑田佳祐(Vocal & Guitars)が張りのある、艶やかな歌声で一曲目を切り出した刹那、この日はもの凄いライヴになる、という確信に近い予感があった。
当然のようにオリコン1位を獲得したアルバム『葡萄』を携えた今回のツアーは、間もなくデビュー37周年を迎えようとしているベテランバンドの経験が育んだ最高の果実の収穫であり、また“ピースとハイライト”で伝えられたところの《希望の苗》の成長譚でもある。葡萄の美しい蔓が伸び、色鮮やかな果実が描かれるCGアニメーションによってステージの幕は開けるのだが、そのしなやかな生命力を伝えるドラマは、まさしくライヴの本質を捉えている。
ダンサー陣と共に踊る大サービスを見せながら、新作曲“ワイングラスに消えた恋”でその記名性の高い歌声を披露する原 由子(Keyboards & Vocal)。「我がホームグラウンドへようこそ! 今年も勝たせて頂きます!」と巨人軍キャップを被って原監督の顔マネを披露する松田 弘(Drums & Vocal)。乱舞パーカッションを轟かせる楽曲の中、メンバー最高の年齢(60歳)をイジられる野沢秀行(Percussion)。そして、「一度でいいから見てみたい、女房がへそくり隠すとこ」と、「一度でいいから~」ネタのMCが連鎖するきっかけを作った関口和之(Bass & Vocal)。お馴染みの強力なサポートメンバーや、大勢のダンサーを加えためくるめく展開の中でなお、そのパフォーマンスは「歌」の力に集約されてゆく。
笑いを誘った直後に披露される往年の美曲“栞のテーマ”は、まるで塩をふったスイカのように甘味を増し、一方で新作曲“はっぴいえんど”も、1コーラスごとに喝采が巻き起こるほど音楽の喜びが凝縮されている。“平和の鐘が鳴る”は、ハンドマイクの桑田が歌詞の一言一句を時代にじっくりと響かせるようだ。全力で駆け足するようなアクションと共に届けられ、チャントの如き歌声と無数の拳が上がる“東京VICTORY”も、やはり5万人もの人々の心をまとめて揺り動かす楽曲の力ありきであった。
桑田は、「時代に追い抜かされたり、取り残されたりする自分を、感じてるんですけれども」と、終演後のSNS上にセットリストが公開され「ネタバレ困る!」という人も「ありがたい!」という人もいる、そんな難しい時代について笑い混じりに語る。また、「命の続く限り(活動を)続けたいとは思うんですけれども、忘れられてしまうんじゃないかとか、本当は福山(雅治)が好きなんじゃないかとか(笑)、ミスチルが一番なんじゃないかとか(笑)。忘れないでねって気持ちで、やらせて頂きます」と告げるのだった。
だからなのだ。サザンが凄いのは。時代の移り変わりに戸惑うにしても、今この時点で保守だとか革新だとか、そんなことを歌っているのではない。それを言うなら、30年も前にファミコン世代の筆者でさえ歌で警鐘を鳴らされている。その時代に生まれ生きる人として、つぶさに世を見据え、思いの丈を最高のメロディとサウンドによって記録すること。立場を越え、より多くの人々とテーマを共有すること。そんな理想的な大衆歌謡の37年分の蓄積として、「おいしい葡萄の旅」は繰り広げられているのである。バラバラな人々の、それぞれのロマンスの1ページやホロ苦い記憶の一コマと同じぐらい、2015年の今が大切であることを突きつけてくる。その上で桑田は、「東京ドームでまた会おうね」と言った。このツアーは、本当に凄いものになるはずだ。(小池宏和)