この曲では残酷な、逃れられないものとして夏を捉えている
③epilogue
──4thミニアルバム『flask』収録の曲ですが「変化」が表れている楽曲のように思います。その前の『hameln』に、僕の中ですごく手応えがあって。この曲は『hameln』のエピローグ、という意味合いのものを作りたかったんです。『hameln』を作って、自分の作曲者としての最初の人生が完結したような気がしたんですよね。『thirsty』、『indoor』と探り探りやってきたことで、なんとなく気づいた自分の本当にやりたかったことが、『hameln』で形になった、完成した、自分のやりたかったことが現実になった──そういう達成感があった。そのエピローグを書きたかった。ただ、この曲はエピローグであり、1話目でもある、そういう曲です。「ここからどんなものを作っていこう?」というワクワク感も、ここには確かにあるんですよね。──“look at the sea”では《汚れないで触らないで》と歌っていたところが、“epilogue”では《まだ汚し足りないのさ》、《まだ汚れ足りないのさ》と歌われているところも印象的です。確実に何かが変わっている。“epilogue”の段階でもまた逃避はしていると思うんです。夢から醒めてもまた夢、みたいな感じだと思う。でも一度夢から醒めた状態であることはこの時感じていたし、それは曲に出したかった。歌詞には《気づいてしまったんだ/これでもう終わり。》という部分もあって。ずっときれいなままだと思っていたものがあったけど、実際は自分がそう思い込んでいただけで、現実はそうではないことに気づいた。そして、お別れしなきゃいけない時が来た。そういうニュアンスがあると思います。代償みたいなものですかね。現実を逃避するには代償がいる。そういうことを書きたかったのかな。わからないですけどね。──代償という、その重たさはこの曲にありますよね。“epilogue”は《空と涙 溶け合って》という歌い出しから“色水”のことを歌っているんですよね。《スプーンストロー》はかき氷で使うものだし。やっぱり、『thirsty』から『hameln』までの流れを汲んで、また新しい1曲目を作ろうとしていたんだと思います。ただ『hameln』まではリアルタイムの話が多いけど、“epilogue”からは何かが終わったあとの、切なさの余韻みたいな感じがあるなと思う。ドラマチックなんだけど、それはあくまでも記憶の中のドラマチックであって、今は別に何も起きていない、みたいな……。この曲のデモを作っている時はそういうイメージがありましたね。──“epilogue”には《まだ暑い日は続くから/夏が君を腐らせる前に/最後の夢を見せて》という歌詞があって、どこか残酷な夏の表情を感じますね。まさにこの曲は残酷な、逃れられないものとして夏を捉えていると思います。“色水”の時は美しいだけだったものが、“epilogue”ではちゃんと現実として牙を剥いて現れている。進んでいる感じはしますね。僕の中でも夏の捉え方がどんどん現実的に変わっていっているんだと思います。④マテリアル
──こうして楽曲を並べると、改めて『cubism』から『answer』という季節が特別なものだったことを感じますが、“マテリアル”はどのように生まれた楽曲でしたか?作り始めた頃は「そろそろ夏だし、ポップな夏の曲を作りたいな」と思っていた気がします。自分がどんどん変わっていくから、夏の曲を作ろうと思っても、毎年全然違うものができる感覚があって。歌詞はざっくりとですけど、カンカン照りで、アスファルトで、遠くに海が映っていて、木漏れ日があって、みたいなイメージ。そして「この人とは夏が終わったらもう会わないだろう」と思う相手がいて、その人と過ごしているような情景がありました。──個人的に、“マテリアル”は夏という刹那そのもの、という印象があります。激しいくらいに眩しい曲だなと思うんですよね。うんうん……。でも《回る日傘の陰の中で/運命なんてものがないってこと/ちゃんと教えてよねえ》という部分とか、夏からふたりで逃げようとしている感じがあるなと思います。夏は美しいものであり、危害を加えてくるものでもある、というか。《潮風荒ぶ空の下で/一瞬で錆びてしまう今を/何度も繰り返しながら》という部分も、海風が「今」という一瞬をどんどん「過去」にしてしまうという感覚があって。おいしくるメロンパンっぽい歌詞だなと思いますね。結局はこの曲も、夏が過ぎ去っていくことの抗えなさを表現しているような気がします。実態があるものが、どんどん形を変えていってしまうことの切なさ、それに対しての愁いがあってこの曲は生まれていると思う。夏が過ぎ去っていくように、《あなた》という相手に触れることもまた、いつかできなくなってしまう。Cメロで《触れはしないものだけを信じていたいのさ》と歌っているのは、「変わらないもの」の美しさを歌っていて。でも、かと思えば《何度でも僕らは別人になって》とも歌っている。「変わっていくこと」の美しさもまた歌っているんですよね、この曲は。
今は、現実も大切だし、夢も大切なんだって思えている